2008年02月24日

プラトン『饗宴』

プラトン(久保勉訳)(1952)『饗宴』岩波文庫

まず、この中期対話編の諸特徴を訳者の序説に従って書き出しておくと、
* 智慧の愛求フィロソフィアにおける原動力としてのエロス
* プラトンにとってエロスの別名たるソクラテスを範とする教育・教養論
* 師ソクラテスを全人格的に描き出すことによる彼への讃美(『パイドン』との対照性)
* 戯曲家プラトンにおけるその著作活動の芸術的極致
となるだろうか。

あと序説で気になったところとして、エロスを理性に本来備わる一種の情熱としてとらえるところから、プラトンを単なる主知主義者として捉えることの誤りを指摘する訳者の言を挙げておく。

で、本編だが、これも興味深かったところを抜き出すだけにしておこう。

* 「…無知者もまた智慧を愛求することもなければ、また智者になりたいと願うこともないのです。…すなわち自ら美しくも善くもまた聡明でもないくせに、それで自ら充分だと満足していること、ちょうどその事に: ですから自ら欠乏を感じていない者は、自らその欠乏を感じていないものを欲求するはずもありません」(p.110): 智慧者(神)と無知者(人間)の中間としてのエロス(神霊)に関してディオティマが語ったことから。

* 「私達はまずエロスの中からただ一定の種類だけを取出し、それからこれに総括的な名前を附けて、愛と呼び、その他の種類には別の名前を用いているのですから」(p.113): 古代ですらそうであったのだから現代にその純然たる意味を求めるのは無理というもの…。

* 「ソクラテスよ、本当のところ愛の目指すものは、貴方の考えるように、必ずしも美しいものとはかぎりません。…(それは)美しい者の中に生殖し生産することです。…(なぜなら)滅ぶべき者のあずかり得るかぎり、生殖が一種の永劫なるもの、不滅なるものだからです。」(p.117): 多少強引に圧縮したが、その生殖・生産の正しいプロセスが次のように語られる。

* 「それはすなわち地上の個々の美しきものから出発して、かの最高美を目指して絶えずいよいよ高く昇りに行くこと、ちょうど梯子の階段を昇るようにし、一つの、、、美しき肉体から二つの、、、へ、二つのからあらゆる美しき肉体へ、美しき肉体から美しき職業活動へ、次には美しき職業活動から美しき学問へと進み、さらにそれらの学問から出発してついにはかの美そのものの学問に外ならぬ学問に到達して、結局美の本質を認識するまでになることを意味する」(p.126): このようにエロスとはまさに愛される者の全人格的教育に向けれられた愛する者の情熱である。そして、前者はその終局において「美のイデア」に与かることが可能となるのである。

* 「しかし僕はかつてそれを見た、そうして僕にはそれが非常に神々しく、黄金のごとくに、また限りなく美しくかつ驚嘆すべきものと見えた、その結果僕は、ソクラテスの求めることなら何でもただもう実行せずにはいられなくなったのである。」(p.138): ソクラテス賞賛演説におけるアルキビアデスの言、というよりもプラトン自身の言とすべきであろうか。エロスを神ではなく神霊ダイモーンとし、このような熱狂的とも言える追従者を一部に得ていたことが、かえってソクラテスの死期を早めることとなったと言うことができよう。

最後に、訳者の久保まさるについて。ググってみた限りではそれほど多くの情報を得られなかったが、元東北大学教授(古代言語、西洋哲学史)。かつて東京帝大で教鞭を執ったラファエル・フォン・ケーベルの門下生であり、ケーベルの晩年、久保は10年にわたり起居を共にしたそうだ。ケーベルについては、夏目漱石や和辻哲郎も文章を残している。また他の門下生には、京都学派の田辺元などがいる。

ttp://hensan.archives.tohoku.ac.jp/news/kiji3.htm

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ルビを使ってみた。うーん、かえって見づらいw フォントサイズを最大にしてみてくださいw
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2008年02月21日

シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生』A

L・シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生』A

3 ハイデガー実存主義への序説(pp.70-91)

んー、一読して、なーんかわかったようなわからないような。少なくとも、キルケゴール、ニーチェ、フッサール、ハイデガーという現代思想への橋頭堡となる思想家については、やっぱり待ったなしだーという焦りだけは感じた・゚・(つД`)・゚・

とりあえず、順を追って見ていこう。まず、ハイデガーの哲学に対するシュトラウスの立場[pp.70-75]が披露され、そこから具体的な検討に入っていくわけだが、導入として科学(実証主義)における合理的価値判断の否定とその存立の無根拠性が説かれる[p.75-78]。そこから、価値問題を通じて、次第に実存主義へと話題を移していくが、現代において、哲学がますますウェーバー的な「世界観学(Weltanschauungslehre)」に取って代わられつつある中で、「相対的見解が多様であることの根拠を…人間の条件のうちに見いだ」(p.78)そうとする(苦悩ないし不安から来る)不可避的な一歩を踏み出すとき、「既に再び実存主義の戸口に立っている」(同)と言うことができる。この「漠然と感じられてはいても直接経験されることのない根本的不安」(p.75)こそが政治的にかの狂信的運動を生み出した培養基であったわけだが、実存主義は相対主義の真理を認めつつも、それが価値問題の「解決や救済であるどころか、致命的さえあることを自覚して」(p.79)いた。よって、ここから相対主義克服の手立てを通して、本格的なハイデガー的実存主義の検討が開始されるわけである[pp.79-91]。

「…実存主義は、すべての客観的・理性的認識の基礎には深遠が見出されるということの理解とともに始まる。あらゆる真理のあらゆる意味は、結局人間の自由以外にいかなる支えももたないと見られる」(p.79)という解説に始まり、ここから自分を除いた世間一般にはよく知られていると思われる内容がシュトラウスの注釈付きで語られる。例えば、投企(企投?)、被投的投企、世界内存在としての人間などおなじみの概念が続く。文章で纏め上げるのもなかなか一苦労なので、気になった箇所を上げるだけにしておく。

* 「人間は本質的に社会存在である。つまり人間であるということは、他の存在とともに在るということを意味する。確実な仕方で存在するということは、確実な仕方で他者に対して在るということである」(p.80): その拠り所が民族性…?

* 「真実に存在するということは世界内に確固として存在するということである。つまりそれは世界内の事物を単に事実的なものとして受け入れ、自分自身の存在をも単に事実的なものとして受け入れること、…決然と覚悟して危険に身を曝すことなのである」(同): 「確固として」、「決然と覚悟して」…、実存と狂気はまさに紙一重…

* 「結局、我々は単なる事実性と偶然性に直面しているのである。しかし我々は世界における我々自身と事物の原因を問うことはできないのだろうか」(同): 心にずしっと重くのしかかる感覚。ここからハイデガーにとって哲学そのものであるところの「実存(Existenz)」の分析、いわゆる基礎存在論が展開される。

* 「…ある立場の選択は、ただそれ自体も何らかの立場表明であるような理解によってのみ理解される、…言い換えれば、実存哲学は主観的真理についての主観的真理なのである」(p.81)

* 「実存主義に基けば、以前には客観的と呼ばれていたものが実は表面的(蓋然的)であることが明らかになり、以前には主観的と呼ばれたものが実は深遠で最終的であることが明らかとなる」(同): 伝統的な合理主義哲学との決別。

一通りの説明が終わった後、実存分析に関わる深刻な困難について語られる。その一つに、ヘーゲルがカントに対して申し立てた究極的根拠としての神の必要性というジレンマがあるが、シュトラウスはそれをハイデガーのキルケゴール的実存主義に対する関係と重ね合わせる。つまり、キルケゴールにおいては「一個の時間の満了の可能性」が否定され、「実存主義は人間の歴史性の理解なのだ」と主張されながら、己れ自身の歴史性、つまり己れが西洋人という特殊な状況に属していることを省み」られないのである(p.83)。ここから、再びハイデガーから話が逸れて、ヘーゲル-マルクス-ニーチェの歴史哲学[pp.83-85]を概観することになる。

* ヘーゲルにおける「歴史の発見」: 個々人の最も根源的な意味で時代の息子や継子であることへの洞察→「歴史の完了(終焉)」: 西洋の没落から人類の没落へ
* マルクスのヘーゲル批判: 共産主義社会の到来
* ニーチェのマルクス批判: 共産主義的世界社会における「最後の人間」、統一ヨーロッパを支配する新しい貴族、聖書の相続人としての(キリスト教的メシアとしてではない)超人(≠プラトン的哲人王)、「この世界すなわち人間の生きるこの世界の外にあるような世界の根拠に対するあらゆる関心は、人間をこの世界から疎外する」(p.85)

実存主義をヘーゲル的に捉えるのであれば、ハイデガーの実存主義は第一次大戦後の「それ自身およびその未来が不確かとなった自由主義的民主主義」(p.83)の没落、より具体的にはワイマールの崩壊という状況に置かれていたと考えられることになる。しかし、ハイデガーはニーチェ的な希望について、ナチスに失望し、その支持を最終的に撤回した。そして、戦後世界もマルクスが予言したような「完全にテクノロジー化された西洋による全地球に対する勝利」、ハイデガーの言う「世界の夜」、そして、「完全な平均化と画一化でしかない」世界という合理主義・科学主義の悪夢を前にした彼の絶望を深めるだけであったといえよう(p.85)。そこで、最後の6ページ[pp.86-91]では、いかにしてこの悪夢から希望を見出しうるのかが、ハイデガーとともに考察されるのである。

シュトラウスによれば、(これまでの議論にもあったように)テクノロジー(科学)とは合理主義の成果であり、そして後者はギリシャ哲学の成果とされる。それは、ギリシャ哲学が主知主義の立場に立ち、「全体の根基は本質的に和解可能であり人間としての人間の権内にあるということ」(p.86)を前提としているためである。彼はそこで合理主義が見誤った存在理解について東洋的伝統に希望を見出そうとする(具体的には共産主義という名の西洋合理主義に屈従していた中国)。そして、ハイデガーにその契機を見出す試みを行う。まず、東西の出会いは、「両者の最深の根底の出会い」(p.87)でなければならない。そのためには、西洋は聖書的伝統(聖書そのものでなく)によって合理主義を乗り越え、その最深の根底にある、「存在(Being)の特殊な理解、存在の特殊な経験」(p.88)にたどり着く必要がある。そして、そのような存在を、西洋のような存在研究を経ずに、「諸根拠の根拠」として経験してきたのがまさに東洋であり、ここに東西の出会いによる世界宗教の可能性が生まれるとするのである。

存在(Sein)は存在者(das Seinede)と区別される。そして、それはプラトン的イデアのように知覚される対象[個物的]ではない。ハイデガーによれば、「『存在』は『存在者』によっては説明されえない」(p.88)のである。そして、「『存在』はそれぞれの時代にそれぞれの『存在』理解、…また万物の理解を送り与える」(p.89) しかし、そのような「存在」は決して推論の対象となるようなものではない。我々はそれについて「存在」の経験を通して知るのである。そして、その経験はある跳躍を前提としている。それは、人間が「なによりもまず投げ出されていること(被投的企投)、つまり有限的であることの自覚あるいはその受け入れであり、そして手摺りや支えのあるあらゆる思想を放棄すること」(同)である。この「存在」は存在者たる人間(「現存在(Dasein)」)の根拠であるが、既に述べたように、それに対するいかなる知識も不可能である。あるのはより高次の企投決意だからである。これこそが、ギリシャ以来の存在研究が実存の理解に至ることを妨げた要因でもあった。そして、「この諸々の根拠の根拠は人間と同時的であり、それゆえにそれは果てしなく続くものでもなければ永遠でも」(p.90)ない。ゆえに、「存在」は人間の(本質の)根拠であっても、その完全な根拠ではありえないのである。ここに我々は「事実性、還元することのできない事実性に出くわす」(同) そして、同時的であるがゆえに、我々は「人間に先立つ何らかの存在者については…何も言えない」(同)のである。 しかし、シュトラウスは「世界創造以前」、もしくはハイデガー的な「人間の出現以前」を問うことは有意味であり、不可欠すらあると言う。それは、「無からは何も生じない(ex nihilo nihil fit)」(同)からであり、従って「存在」を無から生み出したものについて問いかけを避けられないからである。ハイデガーは「無から存在するかぎりのすべての存在が出来した(Ex nihilo omne ens qua ens)」(同)と説く。しかし、彼自身は創造神のための場所さえも持たなかったのである。

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最後の6ページが本当につらかった…。たった20ページの文章をまとめるのに3500字強使ったのに、まだきちんと理解できていない自分がイル・゚・(つД`)・゚・ ただまあ、これはこれで後々の参考に置いておこうと思う。ハイデガーについては『存在と時間』はもちろんのこと、他の入門書、研究書に当たってみないと、このシュトラウスの説明についてどのような評価がなされるべきなのかが全くわからないんで…。
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2008年02月19日

シュトラウス『古典的政治的合理主義の再生』@

L・シュトラウス(T・L・パングル編序/石崎嘉彦監訳)(1997)『古典的政治的合理主義の再生: レオ・シュトラウス思想入門』ナカニシヤ出版@

編者序説
第一部 近代合理主義の精神的危機
1 社会科学とヒューマニズム
2 「相対主義」
[3 ハイデガー実存主義への序説]

やっとこさ、本丸への足掛けというか、まだ堀を少しばかり埋め終えただけというか、本ブログ初のシュトラウス文献。

まず、編者パングルによる丁寧な序文があって、「1 社会科学とヒューマニズム」から本筋が始まるわけだが、ここでの要点を簡単にまとめておこう。

* 社会科学の3つの要素: 科学、市民の術、ヒューマニズム
* 分析としての「科学」と綜合の基盤としての「市民の術」
* 社会科学の正統な女王としての倫理学的探求⇒ヒューマニズム
* (シュトラウス的)ヒューマニズム: 抽象や構成物から離れて、社会の現実に戻る(人間学的アプローチ)

* 対立概念としての相対主義(的ヒューマニズム) ≠ 古臭い(価値)相対主義
* 行為する人間としては特定の価値に与する(commit)が、社会科学者としては「演技的に(histrionically)」他の諸価値にも与し、普遍的な共感的理解(sympathetic understanding)を目指す ⇔ シュトラウス: 「…私の感受性は私の立場に必然的に制限されている[ために]…普遍的な共感的理解など不可能である」「要するに普遍的理解の長所と実存主義の長所をともに享受することなどできない」(p.52)

* 相対主義の絶対的基礎⇒「地域主義に対する最終的な勝利者であると称しているもの[すなわち、相対主義]が姿を現してくるのは、地域主義の最も驚くべき表明としてなのである」(p.53)・「[相対主義者が心を向ける]素朴な人々は偏狭的で、地域的、そうプラトンと聖書と同じくらい偏狭で地域的なのである」(p.54) ⇔ 「条件つきの相対主義」の模索という社会科学の課題

要は相対主義のパラドクスである。そこで、シュトラウスによるより詳しい相対主義(合理主義・科学主義)批判(2 「相対主義」)を見てみよう。この論文は、まずバーリンの自由概念を論ずるところから始められる。

* 消極的自由(バーリン)[=相対主義的ヒューマニズム]の絶対的基礎という矛盾: 「個人の自由の最小範囲の不可侵性をほんとうに信じようとすればなんらかの…絶対的立場を必要とする」(引用, p.57)⇔「最小限の私的領域に対する絶対的要求を十分に満足させることはできない。…というのも正反対の要求にも同等の権利があるからである。バーリンの理解する自由主義は、絶対的基礎なしには生きてはいけないし、絶対的基礎とともに生きていくこともできないのである」(p.58)
* バーリンの反決定論的立場: 「…バーリンは、…歴史を終わらないあるいは終わり得ないということを当然視しているようである。それゆえバーリンにとって消極的自由の理想は「相対的に妥当」であるにすぎない」(p.59)

以前の堤林論文にもあったように、これはバーリンの自由定義のあいまいさから出てくる問題なのだろう。多少弁明的な言い方をすれば、この矛盾は「…相対主義と絶対主義の間に不可能な中間地点を見つけ出したいという彼の願いに由来している」(p.60)のである。では、そのような中途半端な立場ではなく、無条件の相対主義に立てば、問題は解決するのかといえば、シュトラウスによればそうではない。

* 相対主義の実証主義的解釈[=古臭い相対主義]: 「理性的な行為がもし正しい目的のために正しい手段を選択することにあるのだとすれば、相対主義は実際には理性的な行為など不可能だと教えているのである」(p.61)

ここに至って、シュトラウスが取り上げるのが相対主義のパラドクスに対するマルクス主義の歴史主義的解答である。

* ルカーチ: 「…マルクス主義の真理とは社会と生産の一定の秩序内で真理だということである。そういったものとして、しかもそういったものとしてだけ、それは絶対的妥当性を持つのである」(引用, p.63)

ならば、「…マルクス主義の実質的な真理は追って通知があるまでは真であるということ」になってしまう。それは、まさしく「片側だけの真理、半分の真理であるということを自ら示しているのである」(p.63) しかし、同時に「マルクス主義は自己自身に適用されてはならず、したがって相対化されてはならない」というジレンマを抱えている。だが、その歴史の絶対的瞬間とは周知の如く、「…人間的卓越性の可能性そのものの不名誉な死」(p.64)であると喝破されるのである。

このマルクス主義批判の後、議論はもう一度、現代における科学的な(論理)実証主義に立ち戻る。すなわち、ヒューム的心理学、カント的先験主義を共に拒否した(拒否せざるをえなかった?)それが「人間的有機体」という極めて危うい存立根拠に立っていることが説かれるのである。更には、「実証主義は科学が己に由来するのではない諸条件に依存していること」(p.66)を疑いなく認めていることも指摘される。もっと端的に言えば、科学は「時代精神に依存していると考えなければならない」(同)のであり、その意味では決して自律的でないのである。

そして、このように実証主義が問い損ねまた問うことを拒んだ科学の人間的背景を取り上げたのが、その論敵であった実存主義であり、しかしながらここに至ってシュトラウスの相対主義批判はクライマックスを迎える。主として取り上げられるのが、その源流を担う二ーチェである。ニーチェに対するシュトラウスの批判は、次のように集約される。すなわち、ニーチェによれば歴史上出現した真理とは、その時々における「死せる真理」としての意味合いしかもちえず、背景に普遍的・客観的な支えなどは存在しない。しかし、そのような観点に立脚するときにこそ、そこからは導き出せえないような新しい創造が可能になるというのである。シュトラウスはここから、ニーチェを「典型的な相対主義の哲学者」(p.67)と呼ぶ。そして、この方法によってニーチェは「…相対主義の死せる真理を最も生き生きとした真理へと変えていった」(p.69)と理解するのである。しかし、ニーチェが提示した「…人間の創造性を普遍的な力への意志の一特殊形態とする…解釈」(同)は結局同様の困難に陥ってしまっていることを、そこにあるニーチェのためらいとともに、シュトラウスは指摘する。そして、ハイデガーに至る実存主義の課題を、「ニーチェの形而上学回帰と自然への依拠によってもたらされた諸帰結からいわゆるニーチェの相対主義克服なるものを解放する試み」(同)として捉えるのである。

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と、ここまででとりあえず今回は止めておいて、「3 ハイデガー実存主義への序説」は次回。。。とにかく、哲学的素養に乏しいからほんとうに苦しい…。ただ、本書によってシュトラウス哲学の全体像を俯瞰できるので、多少詳しくまとめておくと後々便利になるかもしれない。ああ、でも時間がないよう・゚・(つД`)・゚・
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2008年02月15日

川添美央子「自由意志論争におけるホッブズの二つの視座」

川添美央子(1999)「自由意志論争におけるホッブズの二つの視座―ホッブズ政治神学研究への序」『法学政治学論究』40, pp.143-180.

前回と同じ著者の一つ前の論文。この論文の課題は前回でも示されたような自由意志論におけるホッブズの2つの視点(観察者の視点と行為者の視点)から、これまでの研究において重要な争点となってきた彼の理論の非一貫性をいかに捉えうるのか、それに何らかの示唆を与えることである。

まず、関連するホッブズの著作は以下の通り。

『自由と必然(1654)』(Of Liberty and Necessity.)
これに対するブラモールの批判に答えたのが、
『自由・必然・偶然に関する諸問題(1655)』(The Questions concerning Liberty, Necessity, and Chance.)

以下まとめと参考文献。

* 理論の非一貫性に関する先行諸説
-ワーナム: 人間像の変化、自然法の受容
-ライリー: 義務そのものの正当性、同意と意志/Riley, Patrick. "Will and Legitimacy in the Philosophy of Hobbes: Is He a Constant Theorist?" Political Studies. 21.4(1973): 500-522.
-ペノック: 機械論的に同意された自然法に対する違反
-伊豆蔵: シュトラウスに倣ってのホッブズ的人間における二つの自然/伊豆蔵好美(1993)「ホッブズにおける<人間の自然>」『哲學雜誌』108(780), pp.39-53.
-福田: (機械論的)自然人としての人間と社会関係において初めて成立する人間の情念をつなぐもの

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* 今回の筆者による分析視角: 以下の2つの視点の食い違いにスポットライトを当てて、上記の矛盾を浮き彫りにし、その理由も検討する
-観察者の視点→行為後、(生理的に導かれる)欲求・必然性
-行為者の視点→行為前、道徳的主体の存在、自然法に従う主体
-吟味項目: (二)物理的自由・(三)強制からの自由・(四)熟慮前の自由・(五)義務論
-以上の検討から浮かび上がってくるホッブズの自由意志論とはどのようなものかについて(六)

半沢孝麿(1998)「ヨ-ロッパ保守主義政治思想の三類型(上)・(下)」『思想』889, 4-33, 891, 116-136.

(二) 観察者の視点
まず、ホッブズの著作において最もよく示される物理的自由概念を基に、典型的な観察者の視点とはどのようなものかがされる。以下まとめ。

-形而上学的・超越論的決定論: 神は我々の意志を「生みだす」
-神の命令=原因(必然性)の集積: 「現存しているもので、それ以降の行為の産出に至らせるものの全て。一つでも欠けていれば、結果が生みだされないものの全て」(引用, p.149)
-この場合の「自由」:@「運動に対する外的障壁の欠如」・「もし意志すれば私は為せる」; A無生物にも当てはまる→物理的自由(スキナー)というネーミング

* この物理的自由とその他の自由の関係についての先行諸説
-ワーナムの捉え方: 選択の自由・義務の欠如・強制の欠如・外的障碍欠如(物理的自由)→最初3つは「すでに意志があるということが前提となっていない」(引用, p.151)
-ブレット(⇔スキナー)の捉え方: 自然的自由=「自分の力を自分の意志にそって使う」(p.152)・ローマ法学におけるユス(ius)の伝統/Brett, Annabel S. Liberty, Right and Nature. Cambridge: Cambridge UP, 1997.
-スキナー(⇔ワーナム)の捉え方: ネオローマ(古典的共和主義)理論(内乱の原因としてのコモンウェルスの自由) vs. ホッブズ・個人の物理的自由→その他の自由概念は単なる比喩/Skinner, Quentin. Liberty before Liberalism. Cambridge UP, 1998.

(三) 強制からの自由
ここから具体的にそれぞれの自由概念についての考察がなされる。
ただ、ちょーっとわかりにくかったので図を用いて整理してみた(要クリック)
ホッブズの「強制からの自由」概念

この図は、ホッブズの(公式的な)決定論的立場における強制の解釈を示す。ホッブズにおいては強制かそうでないかは恐怖を意志の原因とするかそれ以外(愛・復讐心・欲など)かを意味する。従って、強制からの自由はありえるものの、必然性からの自由は決してありえない。強制であってもなくても、結局は一定の行為に導かれるからだ。その意味で、この図は観察者の視点から描かれていることになる。

しかし、ここからが少し話が面倒になってくるのだが、ホッブズはテキストのある部分で、この考えと矛盾するような「選択」の概念を持ち出す。「選択には決して強制とも必然性とも対立するものではない。例えばある人が、敵に屈服するか死ぬかという具合に強制された時、敵には依然としてどちらがより耐えうるかを考える、熟慮と選択が残されているのからである」(引用, 強調はta, p.154)というのがそれだ。すると、ホッブズは恐怖を引き起こす事態を前にしても選択が可能であると考えていることが理解できる。そうであるならば、意志の原因が恐怖かそれ以外かを問うことは無意味になってしまわないか、という疑問が発生する。これは明らかに行為者の視点からしか説明できないものなのである。なぜホッブズがこのような表現をしなくてはならなかったか、筆者によれば、それは恐怖によって引き起こされた(すなわち、強制された)行為であっても、その結果に対して道徳的責任を帰さしめる必要があったからだ。(ホッブズは強制(compulsion)と比較して、力による無理強い(force)は免罪の対象となるとしている。これに対して、ブラモールはそのような区別を設けず、必然的(be compelled)である場合には免罪されるとしている)

(四) テニスコートの自由
テニスコートの自由とは熟慮終結前の自由を意味する。ホッブズは以下のように言う。「随意的な行為者について、彼が自由であると述べるのと、彼は熟慮を終結していないと述べるのとは、まったく同じことである」(引用, p.160)このネーミングはブラモールの批判から来ているが、彼はホッブズの物理的自由とテニスコートの自由が同時に両立し得ないことを指摘する。その結果、ホッブズのテキストには明らかに行為前(テニスコートの自由)と行為後(物理的自由)という異なった視点からの自由の定義が存在するということになって、一貫した自由概念は失われることになる。そしてこの後、先ほどまでと同様に、いかなる場合に公式の立場とは異なった、テニスコートの自由が必要とされるのかが考察されている。その中で、この2つの視点が、同じ決定論的な立場をそれこそ2つの視点から見たものなのかが吟味されるが、結果的にはそれが誤りであることが明らかにされる。

(五) 義務論
ここでは法・罰・罪という概念が、やはり一貫した視点(つまり、観察者の視点)から説明がなされていないことが指摘される。まず、法を正当化を得るためには人民の同意が必要であることがホッブズによって明らかにされているが、同意を与えるためには主体的な行為者を仮定しなければならず、それは法と行為の関係、法の機能の仕方についてのホッブズの言葉においても同様である。これ対して、罰は論理的な観点から観察者の視点を持ち出さざるを得ないとされる。なぜなら、自己保存が至上命題とされるホッブズ的人間にとって進んで罰を受けることはありえないからだ。最後の罪に関しても同様の視点から論じられる。なぜなら、「(法のように)人間が約束や計画でつくり、正義の名で呼ぶものは、…行為者の視座からしか正当化できず、逆に(罪のように)神の正義は人間の能力による正当化が及ばない」(p.173-174)からである。

(六) ホッブズの自由意志概念?
ここまでの議論で、ホッブズの自由意志論においては一貫性を見出すことが非常に困難であることが明らかになった。ならば、行為者の視点から伺えるホッブズの自由意志の概念とはいかなるものであるのだろうか。筆者によれば、それは「恐怖に拮抗しうる能力であり、刺激への単なる受動的反応ではなく名辞付与・言語操作に基いて行為する能力」(p.174)とまとめられる。

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今回も結局時間がかかった…orz
脳みそのスペックを10倍にしたい…
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池田潔『自由と規律』

池田潔(1949)『自由と規律 イギリスの学校生活』岩波新書

この本の内容についてまとめるには、著者が小泉信三に語らせた言葉以外に一言も要しないのではないかと思う。以下にそれを引用しておこう。
「かく厳格な(パブリック・スクールにおける)教育が、それによって期すところは何であるか。それは正邪の観念を明にし、正を正として邪を邪としてはばからぬ道徳的勇気を養い、各人がかかる勇気を持つところにそこに始めて(ママ)真の自由の保証がある所以を教へることに在ると思ふ」(p.89)
もちろん、筆者による贔屓もあるだろうし、著されてからほぼ60年経つ現在の超高度工業化社会においてこの伝統が果たしてどこまで残っているものなのか、事情に疎い自分には知る由がない。ただ、このような伝統を持つことに対して羨ましいと感じるのみである。子供を一人の人格として扱えだとか、自律性を尊重せよなどとは昨今よく耳にする言葉だが、これはいったい何を意味するのだろうか?本書を読んで感じたのは、自律と他律の絶妙なバランスを生徒のうちに築き上げること、それがその答えの一端となるのではないか、ということである。ここに描かれたパブリック・スクールの姿はまさにそれを体現しているといっても良いだろう。小泉の言葉にある正邪の観念を明らかにするとは、教える側に明らかに非がある場合であっても、唯々諾々とそれに従うを良しとすることではない。なれば、絶対服従こそが青少年教育の原則なんていうのは単なる暴論に過ぎない。本書にも描かれていたように、生徒の人格に関わって理非を論ずる場合(p.121-122)においては、例え教師であっても、その当該生徒と対等のルール上に立たなければならないのだ。しかし、また、その生徒の人格に属する権利は無制限では決してない。彼らには、従うべきより上位の、厳格なルールがあり、理非を論ずることを学ぶのもまたそこからなのだから。ならば、子供の人権(特権?)を声高に騒ぎ立てる人々は、パブリック・スクールに生徒の自治団体が一切存在しないことなどを取り上げて、子供たちの完全な人格が認められていないだとか、極限まで簡素な食事を指して、彼らが奴隷同様の状態に置かれている(これは言い過ぎか…)などと果たして非難できるだろうか?もちろん、こうした制度とて完全無欠ではない。筆者もそれには幾度となく言及している。しかし、そのことを割り引いても、依然として学ぶところが多いという気がしてならない。

また、ここで言われたことは、より一般的な事柄に敷衍できると思う。資本主義社会は努力に最大限の美徳を置く。しかし、努力によって自らの成功のほとんどが培われたと考えている人間ほど手に負えないものはない。もちろん、彼らとて両親や伴侶、または同僚や恩師などへの感謝を忘れることはないだろう。だが、せいぜいそこまでである。自らが受けた生がいかに偶然によって成り立っているのか、ということについては考えすら及ばない。今あなたがあなた自身であることを保証してくれるのものは、「偶々」あなたが諸々の属性を伴ってある特定の時代と場所に生を受けたという極めて脆い基盤でしかないのだ。いかんせん努力の誇張はこのことを忘却の彼方に追いやる。「1%の才能と99%の努力」などと、本当によく言えたものだと思う。才能は人間を時に増長させるが、努力においてもそれは同じことである。自らの生の偶然性に思い至る人間が、どうして自らの成功をまったくその努力に帰さしめようとすることができるであろうか。

こういうときに「ノブレス・オブリージ」なるものに思いをはせてみる意義があると思う。「結局そこかよ!」なんて思われるかもしれないが、大切なことだと思う。本書に描かれていた上層階級の人々は社会的特権(政治的にはほぼ失われていたのにも関わらず)に付随する国王とコモンウェルスに対する自らの指導的な責務を深く自覚していた。自覚していた、というより、そのような考え方が教育を通して染み付いていたと言うべきなのだろうが。従って、彼らが上で述べたような生の偶然性を極めてよく理解していたというのは言い過ぎかもしれない。しかし、背景にどのような歴史的要因があったにせよ、特権の存在がいかに「ノブレス・オブリージ」の精神を育てる土壌を生み出しえたか、このことに考えを至らせることは無益ではないと思う。たとえそれが始まりにおいて、自覚的なものでなかったとしても、結果的にそのような精神を子供の髄に植え付けるような教育制度を生み出したことは驚嘆に値する。それに対して、平等と努力の強調では力不足なのは明らかだ。「血の滲む努力をしたから」と嘯く人間が何よりも賞賛される社会において、果たしてこのような責務を自覚するための場が与えられることがありうるだろうか?それとも、血の滲むような努力をして、せっかく現在の地位を得たのだから、これ以上責務を課すのはあまりにかわいそうだ、とでも言うのだろうか。古典的な配分的正義は、いわば特権的構造を土台として、それぞれの階級に属する者に対して、身の程にあった責務を要求した。ならば、この特権的構造が失われた現代にあって、そうした責務を求めるのは根拠なきことであろうか?そうではないと思う。特権にせよ、努力にせよ、それぞれの分野において、エリートたる地位を得た人間がこのような自覚に欠けることは社会にとって最も不幸なことであるといわねばならない。しかし、本書が示したように、少なくともイギリスにおける特権の存在が、子弟に対する厳格な教育と規律を通して「ノブレス・オブリージ」の精神を生み出す大きな役割を担った事実は、注目に値しよう。特権と努力、まさに真逆の言葉であるが、その裏側にあるものも同様に真逆なのである。民主主義が世を闊歩し、平等原理(機会にせよ結果にせよ)によって特権が排され、努力が尊重されるようになったことは、その裏側の観点から見れば、実に失ったものも大きかったということを意味するのではなかろうか。
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2008年02月13日

堤林剣「自由のパラドックス」

堤林剣(1998)「自由のパラドックス―ルソー・コンスタン・バーリン」『思想』883, pp.57-78.

自由という崇高な理念がいかなるロジックによってそれと本質的に相容れないような専制政治の武器に転化してしまうのか。そのような自由のパラドックスにメスを入れようというのが筆者の課題である。前半部は主としてバーリンの2つの自由概念とそれぞれの典型とされたコンスタンとルソーの自由概念との比較が行われる。そこで示される疑問は、後者それぞれの自由概念が果たしてバーリンのそれと正確に一致するのか、というものであり、筆者はそれに対して否定的な結論に至る。無論、そうなればバーリンの積極的自由批判はルソーに見られる自由のパラドックスを十分に説明できていないということになってしまう。これを受けて、筆者は後半部において、新たに3つの自由概念を提示するわけであるが、それは追々見ていくことにして、まずはバーリンの2つの自由概念の曖昧さが引き起こす問題を整理しておこう。

その曖昧さが特徴的に現れるのは、バーリン自身が『自由論』(1969年)の序論の中で、「2つの自由概念」の初版(1958年)で示した消極的自由の定義が以後の批判を受けて「あやまり」と認めた箇所である。当初の定義は「人間の欲求の充足に対して障害がないこと」であったが、これには「自分の欲求を消滅させることも、こうした自由に達する方法の1つ」として含んでしまうこともあって、自己否定に基く積極的自由との区別において混乱を招くこととなった。そこで、バーリンは消極的自由をより消極的な「機会の概念」にまで押し進め、この混乱を回避しようとするが、手直しされたはずの本文の注においてもホッブズの「自由な人間とは、…それをしようとする意志をいだいたことをするのを妨げられないひとのことである」という自由の定義が依然消極的自由の1つとして上げられていることからその混乱が完全には解消されていないことが筆者によって示唆される。

さらに、この2つの自由概念によっては、それぞれの代表論者とバーリンがみなしたコンスタンとルソーの自由概念を十分に説明できないことを筆者は指摘する。つまり、コンスタンによって示される近代的自由とは「(不可侵な)個人の権利」(p.64)であり、単なる「機会の概念」とは異なっており、ルソーの強制的自由は「バーリンの言うような合理主義的形而上学と結びつくようなものではな」く、「積極的自由の理論が抑圧の理論に転化する際に重要な役割を果たすとされる自己実現説は、ルソーの思想には登場しない」(p.65)のである。

このような問題がバーリンによるそもそもの自由概念の区別に起因していることを観取した筆者は新たに「意思的自由」、「選択自由」、「権利自由」という3つの区別を提示する。それぞれを箇所書きで簡単に説明しておけば、

「意思的自由」: ホッブズやルソーの自由概念→選択あるいは機会の概念が欠如、ならびに自由が意思的な行為・活動それ自体と同一視されていることが外形的に共通しているが、それぞれの背景に潜む思想体系・思想原理は相異なる正当化のロジックを提示する(前者は形而上学的決定論に、後者は一般意思に基く)。
「権利自由」: コンスタンの近代的自由概念→「道徳規範そして場合によっては法律体系にもとづく価値体系が自由の概念自体に内在している」(p.67)。
「選択自由」: バーリンの消極的自由概念→「権利自由」のように個人の不可侵の領域を保証する価値体系が内在しておらず、単に「可能な選択や活動に障害がないこと」(p.64)を指す。そのため、バーリンの言では「消極的自由は専制政治と両立し得ないものではない」(p.64)。

筆者はこの区別に関して以下のような点に留意を促す。「意志的自由」が自由のパラドクスに陥りやすいことは明白であるが、「権利自由」に関しても、「保全されるべき個人的権利の内容を規定する思想原理や道徳理論などは、…それを主張する思想家が提供する」(p.69)ために、そのままでは全く同様のパラドックスと無縁ではない。また、個人的には(バーリン擁護のためにも)、筆者も触れているように、「ある道徳規範や人間観に基づいて、特定の「選択自由」を他の「選択自由」から区別し、前者が確保されるべき」(p.68)と論じている箇所が彼の『自由論』の中には少なからず散見される、という点を重視したい。

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もう一度、きちんと『自由論』読まないとな〜〜。
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2008年02月12日

川添美央子「政治思想における自由意志の問題」

川添美央子(2000)「政治思想における自由意志の問題: ホッブズとブラモールの比較考察」『法学政治学論究』45, pp.37-71.

ホッブズの決定論と自由意志論をめぐる考え方について少し勉強するために、本論文を読んでみた。哲学上の自由意志論争に関しては他にまとまった著作を読む必要があると思うが(と思って既に2冊注文した)、wikiなんかを見てみてとりあえず今必要な範囲で理解しておくと、厳格な決定論者、自由意志論者(以上、非両立主義)、および緩やかな決定論者(両立主義)に大別できるそうだ。これを踏まえれば正確には、

* 厳格な決定論者=ホッブズ→人間の行為を生理的物理的運動に還元する
* 緩やかな決定論者=ブラモール(J. Bramhall)→生理的物理的諸要因が揃ったあとで、さらに人間の意図が加わってはじめて行為が生ずる

と位置付けることもできるのだろう(公式には決定論と自由意志説の対立軸が設けられる)。

ブラモールについてその人となりをちょこっとばかり。。。
John Bramhall(1594-1663): 北アイルランドのアーマー(Armagh)の大主教。 英国国教会の神学者。清教徒革命後1945年にパリに亡命。ホッブズとの自由意志論争はこの亡命直後から1955年まで続けられた。ピューリタンやカトリック教会に対して徹底した護教論を展開し、同時に王権からの教会の独立を主張した。

で、内容に戻ると、まずはそのブラモールの自由意志論の下地となる世界観と政治思想を概観することから始められる。そこからホッブズにおける自由意志論的契機を逆照射するという方法だ。いつもどおり、箇所書きで整理しておこう。

* 3つの一致: @行為後(過去-審判者)の視点と行為前(未来-行為者)の視点の一致/A目的を語る視点と因果を語る視点の一致(⇔ホッブズ: 機械論的因果観)/B正義の原則における神の眼と人間の眼の一致
* 必然性の領域: 自然現象一般における物理的な内的原因(意図・目的は存在しない), 行為の強制や自然物に関する(物理的な)外的原因
* 人間行為の区別: 自発的行為(目的の不完全な認識に基づく行為)と自由な行為(内的原因から発し、かつ目的についての完全な知識および理性の使用、熟慮や選択を伴う)
* 自由意志とは?: その要素としての「(意思を選択する)力」→「はね返す」という要素と我々自身という主体性の(力は手段ではないという)要素
* 自由意志の機能: @抑制ないし「決然としていること」(刺激や欲求の相対化), A「理性や悟性に忠告を求め、忠告を得たあと、選択する」(手段などにも関わって), B身体の諸器官に対する命令
* 自由意志における自由とは?: トマス的な主知主義理解, 理性・悟性の優越

聖職者だけあって、典型的なスコラ学者であることがわかる。次に、これらの世界観が彼の政治思想にどのように影響しているのかを見る。

* 政治思想への反映: 権力(国王、人民, ピューリタンを問わず)の恣意性への批判
* 政治を見る視点: 政治は自由意志の働きの一環
* 君主と臣民の責務: 君主に対する自然法的制約(誓約, 臣民対するプロパティ保全), 臣民の責務(戦争協力, 革命権・抵抗権の否定→受動的不服従の容認)
* 穏健な君主制論: 社会契約論的主権論の拒否→家父長統治的なものによる正当化(ピューリタン革命における王党派と一致), 議会のほか独立の機関による王権に対する制約の拒否(←神法を根拠とする制約のみ)

ここから、決定論者ホッブズにおける自由意志論的契機を探り出す作業に入る(ホッブズの決定論に関しては、同じ著者による論文があるので次回のエントリでそちらを見てみることにする...ほんまにごくごく簡単に...)。方法としては、ブラモールの決定論批判に対するホッブズの回答もしくは沈黙から「行為者としての視点」を浮き上がらせることによる。

* 責任の問題: 「必然性ではなく法を破ろうという意志が行為を不正にする」(ホッブズ)
* 罰の応報刑論的正当化: 目的刑論という公式的立場≠事前の熟慮の量を、罪の重さ、罰の軽重をはかる基準として認める応報刑論的立場(熟慮して馬を盗んだ人>偶然主人を殺した人)
* 動機: 臣民に対する選択の動機の消極的肯定(公式には熟慮と選択は過去志向的な帰責や事後的正当化の局面に限定されている)
* 政治学の作為性: 臣民を法(恐怖)によって操作しようとする主権者の動機ならびに未来に向けての政策提言(つまり、『リヴァイアサン』そのもの!!)を行う者の動機に対する説明の不備

以上の議論から、結局はホッブズを決定論者という一面のみで捉えることが非常に困難になる。ちなみに、ホッブズには物理的自由(外的障碍の欠如としての自由)とは区別される選択の自由(行為について決定を下す前の、まだ選択肢が複数目の前にある状態としての自由)なるものが認められているが、いずれも決定論と両立する自由としてライプニッツによって定式化されている。(政治)思想史における自由意志論の位置付けについては、黒田亘(1992)『行為と規範』勁草書房、ならびに最近のものとして、半澤孝麿(2006)『ヨーロッパ思想史のなかの自由』創文社、という良質の文献があるので、いずれそちらで勉強したい。

結論として、ホッブズがこのような2つの視座に立たざるを得なかった理由として筆者は以下のようにまとめる。
機械論的自然観・人間観に立脚した科学の提示と、「作為」を要求するものとしての政治学の提示という二つの課題が、相反する方向性を暗に含むものだったからである。そして、相手や局面に応じて、未来志向の選択の動機・理由を与えてはならないという課題と、与えなくてはならないという課題とが、錯綜しながら同時に彼にのしかかっていたからである。(p.63)
本論文からまた緊要度の高い課題文献が出てきた。うへぇ・・・。

* Skinner, Quentin. "Conquest and Consent: Thomas Hobbes and the Engagement Controversy." Ed. G. E. Aylmer. Interregnum: the Quest for Settlement, 1646-1660. London: Macmillan. 1972. 79-98.
* Skinner, Quentin. "Thomas Hobbes on the Proper Signification of Liberty." Transactions of the Royal Historical Society. 40(1990): 121-151.
* 鈴木朝生(1994)『主権・神法・自由: ホッブズ政治思想と17世紀イングランド』木鐸社
* 佐藤正志(1995)「ホッブズ: 機械論的自然像と近代政治哲学」藤原保信・飯島昇藏編『西洋政治思想史T』新評論, pp.208-223.

スキナーはいずれにせよ絶対読まないといけない。Meaning and Contextも買ったまま放置状態だー。

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今回も長いことやったなーーー、時間が足りねえよ。。。
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2008年02月11日

森島恒雄『魔女狩り』/中村雄二郎『術語集』

森島恒雄(1970)『魔女狩り』/中村雄二郎(1984)『術語集 気になることば』(ともに岩波新書)

森島氏の『魔女狩り』は簡潔だが内容豊かにまとめられているので、大変勉強になった。ルネサンスを経て近代科学の端緒が切り開かれた時代に魔女狩りがピークを迎えたこと/キリスト教における神への信仰がかえってその敵たる悪魔・魔女の実在を必要としたこと/ベルナール・ギーなる後世にて良心的かつ慈悲深いと評された人間が異端に対する拷問の先導者となったこと/中世教会の腐敗と堕落(言うまでもなく異端審問や魔女狩りへの大きな要因となった)を刷新するために現れた新教においても(というより、むしろより一層)魔女狩りが横行したことなどなど、本当に歴史は相矛盾するような事実に満ちている。けれども、それら矛盾の陰でどれほどの無辜の命が犠牲になったかと思うとなんともやりきれない。

『術語集』については、もはや語るに及ばず、といったところなのだろうか。大学入試の小論文対策としても有名な本書であるわけだが、(Uとともに)購入してから、実に10年間放置プレーだった…orz 内容に話を移せば、中村氏のいう「知の組みかえ」とはつまるところ近代的な知や「ロゴス中心主義」と呼ばれるものに対する(ラディカルな)批判と反省を指す。従って、対象領域はそれこそリゾーム的に広がっているが、一貫した目的意識に貫かれているので、依然として現代思想の良い導入本となってくれるだろうと思う。あまり本筋とは関係ないかもしれないが、関心を惹いた箇所を抜き出しておこう。

「暗黙知の立場に立つとき、際限なく明晰さを求めるのは、複雑な対象の理解に際して妨げになることが、理解される」(p.18, 「暗黙知」)
* 興味深いのは、ロゴスの体現者とも言うべきシュトラウスも社会科学におけるヒューマニズムの役割を論ずるときに、そのような全体性の把握のための常識の学として言及することであろうか。その意味では、超越論的・形而上学的なロゴスとポストモダン的なロゴス批判の視点は一致してしまう。

「…いまや私たちは、狂気や異常を自分の外側の人々にではなく、自分たち自身の内側に見つめるべきだろう。というのは、狂気とはほかならぬ人間の根源的自然として誰のうちにもあるものであり、異常とは日常的な規範あるいは秩序を破って現われる根源的自然の怪異な姿だからである」(p.25, 「異常」)

「わたしの素顔もまた、わたしにとって、…〈他者の他者〉以外のものではなく、他者性につきまとわれることのない純粋な自己、自己(わたし)への絶対的な近さ、現在、親密さなどというものは、本来、どこにも存在しない」(p.40,「仮面」)
* 坂部恵『仮面の解釈学』からの引用。ということは、「自分探しの旅」とは、そもそもどこかに存在するはずの「自分」なるものを探す旅ではなく、正確には「他者探しの旅」と言うべきなのだろうし、実際そうなのだろう。

「人間は本来は自由な個人でありたかったのにもかかわらず、自分の存在を圧殺するために、圧殺されるのを知りながら、不可避的にさまざまな共同体(共同態)をつくり出してしまった」(p.55,「共同主観」)
* 吉本隆明『共同幻想論』にふれて。それを言っちゃあ、おしまいよw

「…子供の世界あるいは宇宙を大人の眼から見た基準やあるべき姿のなかに閉じこめるのではなく、そうした宇宙の独自性と始原性をトータルに捉えることであろう。そしてそのとき、子供の世界は大人にとっていわば〈異文化〉の世界として現われることになる」(p.80,「子供」)
* うわー、なんか今でも聞き覚えのある議論w

「…そのような違いというのは価値の豊かな多様化をもたらす本来の意味での差異ではなくて、価値の貧しい単一化にもとづく、そのなかでの差異にすぎない…」(pp.89-90, 「差異」)
* そのような違いとは趣味、学力、ステータスなどの点で好んで強調される差異。確かにそうなんだけどねぇ…(流行に振り回される世間とそこから抜け出せない自分自身を横目に見つつ…)。

「…本来の〈神話〉においても、その基礎にあるのは、私たちをとりまく物事とそれから構成されている世界とを宇宙論的に濃密な意味をもったものとして捉えたいという根源的な欲求である」(p.103, 「神話」)
* 思えば、悲しい人間のサガ。。。

「[暴走族の]深夜の街中をものすごい爆音を立てて疾走するとは、まさに現代の秘教的儀式といえるのではなかろうか」(p.130, 「通過儀礼」)
* 20年後の人間にとっては、ちょっと言い過ぎなんじゃ…と思う。

「…思考とくに哲学的思考とは、自己内対話によるロゴスの自己発展でなければならないのである。またそれは、対話とロゴス(ことば)を介して他者に開かれていることにもなるわけだ」(p.173, 「弁証法」)
* アレントがこの点を強調してた。

「…科学者、技術者の医学にとっては当然のことながら、患者は客観化された対象となる」(pp.182-3,「病い」)
* 患者不在の医療の根源にあるもの。

「…痛みとは、常に自分自身を見出し、それに対する自分の意識的反応によってたえず、形づくられる自己の身体についての主観的現実の欠くべからざる一部だと考えられていた」(p.185, 「病い」)
* イリチリ『脱病院化社会』からの引用。科学的医療が身近になってしまったことの副作用。おもしろそうなので、今度この本を読んでみよう。

「ある程度永い間にわたってのことであれば、経験の教え告げることは、決して曖昧ではなく、微妙な判断もなしうるからである」(p.190,「臨床の知」)
* ヒューム-バーク的な保守主義の基礎。

「私たちにとって脱構築の対象とすべきもの…それは何といっても文化概念としての〈天皇制〉であろう」(p. 200,「ロゴス中心主義」)
* お後がよろしいようで……。
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2008年02月06日

古賀勝次郎「オーストリア学派におけるハイエクの位置」

古賀勝次郎(1982, 1983)「ハイエク社会理論体系の研究 (9)・(10): オーストリア学派におけるハイエクの位置 (1)・(2)」『早稲田社会科学研究』25, pp.39-56, 26, pp.47-75.

前々回の論文の続編。今回の主な登場人物はヴェーバー、ミーゼス、ポパー、ハイエク。

まず、オーストリア学派の系譜から...

創始者: C・メンガー『国民経済原理(Grundsätze der Volkswirtschaftslehre)』(1871)
第2世代: F・ウィーザー、E・ベーム=バヴェルク、V・マタヤ、G・グロッス
第3世代: J・A・シュンペーター(ローザンヌ学派の強い影響も)、H・マイヤー、L・ミーゼス(ニューヨーク大学)
第4世代: F・A・ハイエク(シカゴ大学)、G・ハーバラー、F・マハラップ、O・モルゲンシュテルン、ローゼン=シュタインローダル
第5世代以降: L・M・ラックマン、M・カーヅナー、M・ロスバードなど

前々回でも少し言及したが、オーストリア学派の方法論の特徴として、創始者メンガーの@主観的効用、A原子論的方法、B有機的現象の3つに求めることができる。

@主観的効用: 価値が、財に内在する属性ではなく、評価するものと、評価される対象との間の関係を構成するものとする考え方(→限界効用革命、主観主義革命)
A原子論的方法: 社会現象を、その全体において観察することの不可能性を認識し、「人間の行為」から観察を始めざるをえないとする方法(→ハイエク「個人主義的・合成的方法」)
B有機的現象: 社会現象を「共同意思なくして」発生、成長している過程としての社会現象(⇔「実用的」現象)

あと、オーストリア学派に特徴的な概念として「時間」と「市場過程」があげられる。これらの概念を強調することによって、ミーゼスの企業家概念や、ラックマンが指摘するような、すなわち「不明瞭な、偶然的な原因によって、常に変化して止まない社会」、などといった概念が導かれる。それから、社会における個々人の「知識の不完全性」を説く考え方も、市場における「競争」を強調するオーストリア学派に特徴的である(→ハイエク「発見的方法」)

後半部分においては、ミーゼスとハイエクの社会理論に、ヴェーバーおよびポパーのそれを加えての比較が行われる。

(a) ヴェーバーとミーゼス
* 両者とも方法論的二元論という点では一致する(現実科学と法則科学の区別)
* ウェーバーは現実科学においては「理念形(Idealtypus)」を概念装置として導入し、人間行為についても、その質的特性を「理解(Verstehen)」するという方法で認識されるべきとする
* ミーゼスはこの「理念形」に異議を呈し、各現象の中に何があるかを内省することによって、論理的に反論不能で、現実を把握した概念(アプリオリな概念)を確立することが必要であるとし、それを「人間行為学(Praxeology)」と呼ぶ
* 内省によって得ることのできるそのようなアプリオリな概念とは、人間の目的合理性であるとされるが、その結果「人間行為学」から価値の問題が排除され、極めて功利主義的なものとなった
* 個々の人間のユニークさ、その自由意志を認める人間行為学は、法則科学の立場に立つ実証主義、計量経済学と相容れない(→ハイエク)

(b) ミーゼスとポパー(図をクリック)
ミーゼスとポパー(ハイエク)の方法論

(c) ハイエクとミーゼス、ハイエクとポパー
* ハイエクの方法論上の変化: ミーゼスの二元論からポパーの反証主義へ
* ミーゼス『社会主義(Gemeinwirtschaft)』(1922)におけるハイエクの序文: 極端な合理主義が見られる、という評価(「あらゆる社会的協業を合理的に認識された効用の流出(emanation)とみなす」)
* ミーゼスにおける功利主義的傾向⇒ゲゼルシャフト的社会観→価値(正義)概念の軽視、「還元主義(reductionism)」的特徴

* ハイエクとポパーの差:人間の精神現象に対する考察の有無⇒ハイエク「超・意識」と「超・意識的規則」(「人間行為に関する(抽象的な)一般規則」としての); 目的(意図)をもった諸個人の行為と、それらがもたらす社会的結果の間の巨大なブラックボックスの存在の肯定
* ハイエク「抽象的なるものの優位性」: 自然現象、精神現象、社会現象の統一的説明⇔ポパーにも「世界1(物的対象の世界)、2(主観的経験の世界)、3(人間の精神の産物の世界)」の区別があるが、統一的把握は不十分
* ハイエク: スコットランド啓蒙を起源とする社会に関する発展論的アプローチ(→自発的秩序)

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最後の貨幣論と景気理論は経済学のど素人にはちょっと厳しすぎたのでパスした。
これぐらい整理しとけば今後役に立つ時もくるだろう、と祈りつつ…
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加藤節『南原繁』

加藤節(1997)『南原繁―近代日本と知識人』岩波新書

戦前に自らが組み立てた哲学上の体系からマルクス主義的な科学的社会主義批判を為した南原について、戦後の記述においてはひたすら政府の反動的な諸政策に対する批判ばかりが目立ったのには少し違和感を感じた。エピローグにおいて、「ソ連、中国への自身の訪問経験をふまえて、社会主義圏を敵視し、そのための再軍備をはかることの危険性を説き、インドのネール首相などがとなえた「第三勢力」論にそって非同盟中立路線への日本の参集を呼びかけた」(p.169)という南原の議論が紹介されていたが、これでは一介の左翼的反共批判となんら変わりがないじゃないかと感じてしまう。南原の永久平和論を敷衍するのであれば、乗り越えるべきは必ずしも冷戦構造そのものではなく、東西を問わず、文化価値に基づく個人の自己形成を妨げる一元主義的な独裁体制および排外主義的風潮ではなかったか。冷戦構造を乗り越えるための処方として「第三勢力」に肩入れするなどあまりに安直過ぎるのではないのか、という気がした。

以下、南原政治哲学のまとめ。

* 2つの思想的背景: (家)共同体を重視する儒教的態度とキリスト教的無教会主義
* 共同体論⇒イギリス的な自由主義・(原子論的)個人主義批判←時代の社会的なものに対する要請
* カント: 「近世における超個人主義への道」、「政治の最高善」としての「永久平和」⇔啓蒙的個人主義の制約
* フィヒテへ: 「他者」との「協働」に見いだされる自由な「自我」の「自己存立の根拠」→その究極的な根拠を「絶対他者」としての神に求める⇒「宗教と政治の結合」⇔後期フィヒテの独断的形而上学、「神的理性」の「顕現」としての国家(≠「人間の意志と行動との問題」としての「政治」)
* 再びカントへ: 価値並列論⇒真・善・美(学問・道徳・芸術)という文化価値それぞれの自律性(個人の自由なる人格形成)+正義に「価値的基礎」をおく政治共同体論(各人が固有の「個人的性格」をもつのは、「共同体により、共同体に対して」であり「共同体の存立と生命に関与することによって」である)
* 共同体と宗教の関係: 「価値の超越」をもとめる「神と人間との非合理的結合関係」としての宗教を合理的な文化価値から「分離」する⇒かえって「もろもろの文化の価値生活に生命を与える」(←無教会主義の影響)

* 民族主義批判: 「フィヒテにおける国民主義の理論」(1934); フィヒテにおける民族=文化民族(自然の所与としての種族や人種から切断された「固有の文化の共同体」、「政治民族」)⇒自律的な「民族的個性」の形成のための自由⇒民族国家の「完成」としての「世界主義」(永久平和への奉仕、国家「連合」、「神的理念」の分有)⇔自民族の特権化(ナチ、天皇制ファシズム)

* 社会主義批判: 「フィヒテにおける社会主義の理論」(1939)、「国家と経済―フィヒテを起点として」(1942); フィヒテ『閉鎖商業社会』⇒「文化的社会主義」⇔マルクス主義の「科学的社会主義」、ナチスの「民族社会主義」
* 「文化的社会主義」: 「感性文化」としての経済⇒「錬達性による形成作用に基く一大文化共同体」⇒「職能的階級国家」、閉鎖された国家における「国民的特殊性」、社会主義と民族主義の統合
* 「科学的社会主義」⇔近代個人主義の単なる変容(唯物史観、社会共同体固有の価値の否定)、「民族社会主義」⇔人種優越主義による個々の民族的価値の否定、資本主義発展の一形態
* 文化価値(真・善・美・正義)の「実現の前提条件」としての経済、「理想主義的社会主義」

* 「神政政治」批判: 「自然的・歴史的な「地の国」―政治的国家」への「信仰」をもとめるもの
* ドイツにおけるプラトン復興運動⇒S・ゲオルゲ―地上の国家を「祭祀と政事」が一体化した「神の国」とみなす「神政政治」の観念による、ナチ独裁政治の正当化
* 「基督教の「神の国」とプラトンの国家理念―神政政治思想の批判の為に」(1937): イデアと実在をわかつプラトン的二元論からみちびかれた「理想国家」としての「天的な宗教共同体」、「地の国」がめざすべき典型⇒キリスト教における完成―「神の国」の「地の国」からの超越、それによる「地の国」への内在という関係
* ナチス批判: 「ナチス世界観と宗教の問題」(1941); (上述のような)「ヨーロッパ精神の伝統」の否定、「粗野な自然主義(「種」の価値化、「野獣的なもの」)による精神(宗教)や理性文化(真・善・美・正義)の完全な征服」⇒日本の京都学派(田辺元ら)批判へも

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いずれは南原の著作にも当たりたいが、まだまだ先のことになりそう…orz
posted by ta at 05:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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