2008年11月03日

『思想』「レオ・シュトラウスの思想」(2008年第10号 No.1014)@

*浅野俊哉「〈徳〉をめぐる係争―シュトラウスの政治思想とスピノザ」: うーん、正直参考文献として挙げられているシュトラウスのテキストをとても誠実に、先入見なしに読みこんだとは思えないほどの酷い批判。スピノザを救い出すために、あえてシュトラウスを無理やり貶めるやり方はどうかなと思う。

*三嶋輝夫「レオ・シュトラウスのソクラテス解釈―『ソクラテスの弁明』と『クリトン』を中心に」: p.137で氏は、「この[『プラトン政治哲学研究』からの引用]部分のシュトラウスの論旨自体は必ずしも明晰であるように見えない」とコメントしてるけれども、実際は氏のほうがシュトラウスの論旨を正確に捉えきれていないのでは、という気がする。その引用した部分(この訳も必ずしも正確ではないのだけれど…)の前後では、シュトラウスは国法(法律)自身がその「超人格的地位」(superhuman status)という「仮説」によって、「説得もしくは服従説」がそもそも覆されたことを示そうとしているのに対し、ソクラテスの批判(説得の試み)が「「説得もしくは服従説」のソクラテスに対する有効性に決定的な重みを持つものであ[強調は著者]」(同)ると氏が強調するのは、よく理解できない。

更に、最後の『クリトン』解釈についての問題点の箇所だが、シュトラウスが指し示すソクラテスとクリトンの間の異なるロゴスについて、後者のそれはともかく、前者のそれは果たして氏の指摘する通りなのだろうか? 氏自身で訳されている引用部分にも明確に述べられているように、「ソクラテスを納得させるロゴスは、クリトンを納得させるロゴスではなく、逆も然り」(p.138)なのであって、それを踏まえれば、氏が指摘するように「ソクラテスを納得させるロゴス」が「法律の説得が始まる以前にソクラテスとクリトンの間で再確認された倫理原則」(同)であるはずがない。その後に、引き合いに出されているウェイスの研究については、読んだことがないので何も言えないが、どうも氏の専門性から来る先入見がかえってシュトラウスのテクスト理解をゆがめているような気がする。
posted by ta at 23:26| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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