2009年03月06日

アリストテレス『ニコマコス倫理学(上)』

アリストテレス(高田三郎訳)『ニコマコス倫理学(上)』岩波文庫

やはり、きちんと読んでおかないと、混合政体とともに倫理的アレテー(卓越性・徳)について勝手な思い込みに惑わされてしまう可能性が…。その上でもう一度来し方を振り返るべきだろう。もちろんギリシア語原文ではないけれど…。

第一巻第六・七章⇒観想的な「善のイデア」について、やはり実践的な最高善と区別するところを見ると、中世普遍論争の源流が見え隠れする。例えば、初期スコラ哲学の普遍論争においては、形相と質料の関係から三つの立場を分別することができた。一方の極が、質料(個物)に先立つ形相(本質)としてのプラトン的実念論。この場合、イデアは神のもとに完全に実在化されている。もう一方の極が、普遍は実在する個物に人間が宛がった一般的記号・名前であるとする唯名論。これを極端に適用すれば、(客観的)個物の実在性まで否定するヒューム的懐疑論となり、一定の認識論的アプリオリを認めれば、カント的範疇論となり、認識の根拠を生活世界まで還元すれば、フッサール現象学となり、存在論的・倫理的に語れば、本質に先立つ存在としてのニーチェ・サルトル的な実存主義となる。そして、初期普遍論争の最後の立場が、両者の文字通りの折衷と言える、アベラルドゥス(アベラール)のアリストテレス的実念論である。普遍は概念として個物に先立って神の内あり、それぞれの個物(質料)の内に共通の本質的規定(形相)として存し、人はその後に形相を思惟において概念として認識する。これは、実在的全体を前提としつつもその知解可能性を否定し、形相を質料に内在させる、シュトラウスの現象学的イデア論、にも繋がる発想であろう。なんだかよくわからんようになってきたが、純粋形相の実在性を認める立場と質料そのものの存在をも否定し一切を主観に還元する独我論的立場を両極とすれば、直線上に並べられるのだろうか? ただ、最高善が究極的・自体的目的としても認識論的にしか捉えることができないのに対して、「善のイデア」は(分有・典型いずれにせよ)実在論的(倫理的)にも、認識論的(あらゆる個物はなんらかのものに向けられた善さを持つ)にも捉えうる。アリストテレスのここでの批判はこの両義性に向けられているのであって、シュトラウスの立場はこのアリストテレス的な批判を経て、さらには現象学的に還元された後、イデアによって分節化が為された全体に由来すると言える。ならば、シュトラウスにおいて古典的政治哲学の共通理解がアリストテレス的に語られるのも当然であって、プラトンのより優れた政治的著作が『法律』とされるのも、イデアを認識論的残滓としつつも、実践的(政治的)生をプラトン的に語り得ないからであろう。したがって、シュトラウスの立場を新アリストテレス主義と呼ぶのは一応正しいが、それがこのようなプラトン批判と現象学的立場を看過するものであるならば、皮相な解釈にとどまるということになる。

現象学的イデア論

第九章⇒政治の目的が市民たちを学習(教育)によって卓越性を備えたヘクシス(状態・性状)にすることであるならば、それは人びとがもつ目的の複数性(heterogeneous ends)と齟齬をきたすものではない。最高善が個人の究極的な目的たる幸福(エウダイモニア)に一致するのであるならば尚更である。ただ、その幸福が卓越性から生じるものであるがゆえに、政治が個々人の目的の選別に多大な影響をあたえることも確かであろう。その意味で、政治を包括的、政治学を棟梁的な学と呼ぶことができるだろうし、シュトラウスが言うようにレジームが政治哲学の主導的なテーマであることにも納得がゆく。目的の複数性の問いは、アリストテレスのいわゆる「不動の動者」という形而上学的発想が、どこまで実践的生とリンクしているのか、という問いの裏返しの表現といえよう。少なくとも、われわれはアリストテレスの倫理学が善の究極的な根拠をつまびらかにするものではないことを知っている。ならば、最高善が語の本来の意味で個人にとっての究極的な善になりうるのか、疑問が湧いてくる。彼は単にプラグマティックに振舞っただけなのだろうか? それともできるはずがないと確信していたのだろうか?

最高善・徳・幸福

第十三章⇒先に「政治哲学とは何か?」において、政治家と政治学者による政治的知識の探求が、哲学的探求に比べれば、その首尾一貫性と熱心さにおいて限定的である、と論じられる箇所があった(WIPP, p.15)。これはアリストテレスが「政治家・政治学徒も魂(プシュケー)に関して研究するところがなくてはならないが、かかる研究も、…求められるところにとって充分である程度においてなされるのでなくてはならぬ」(p.51)と言っているのに符合する。よくよく考えれば、当然のことであって、政治心理学が心理学よりも精緻な考究を行っているとは誰しも思わない。しかし、逆にいえば、理論化・抽象化が極度に進行した近代以降において、政治哲学が政治的生との直接的関係を失っていったというシュトラウスの批判もここから理解できるのである。

魂の厳密でない描写。

プシュケー(その1)

第二巻第二章⇒「事実、個別に関する取扱いがいかなるふうであるべきかは、学術(テクネー)からも、またいかなる一般論的な勧告からも期待できないのであり、その局にあたって行為するところのひとびとが、常にみずから、その機宜に適したところを考えることを要する。」(p.59): 先に言及した政治的知識の属性から導き出される実践的生の当然の原則と言える。しかし、だからといって、なんら指針が与えられないというわけではない。それは「ただしきことわり」(オルトス・ロゴス)として与えられる。いうまでもなく、「中」(メソン)・「中庸」(メソテース)である。ここからさらに次のことが言えるかもしれない。アリストテレスは実践的生に関わって「ことわり」としてのロゴス、人間の道徳的能力としてのピュシス、そして最高善およびヘクシスとしてのノモスの三者を導入した。この場合、ロゴスとピュシスが形相と質料の関係に符合し、ピュシスとノモスが可能態(形相が内在する質料)と現実態(形相が顕現した質料)の関係に符合する。また、前二者が不変的であるのに対し、後者は可変的である。ならば、ヘクシスの顕現する仕方が時代と場所によって異なるという解釈も全く不可能であるとはいえないであろう。われわれが徳と言うとき、なにも古代ギリシア人と全く同じように「勇敢」や「節制」(これは現代でも不可欠だと思われるが)を強調する必要はない。第一義的に重要なのはロゴスたる「中庸」であるのだから。

第四章⇒「しかし、実際はかかる行為をなさないで言論に逃避し、そして、自分は哲学(フィロソフェイン)しているのであり、それによってよきひととなるであろうと考えているひとびとが多いのであって…」(p.66): 自然哲学者やソフィストを指しているのかもしれない。その意味では、純粋な観想だけでは不十分であるとも読み取れる。もしくは、真の愛智者は徳をも性状として持つ人びとであるとも解釈できる。

第三巻第四・五章⇒願望が目的にかかわり、徳はその目的へのてだてにかかわるとアリストテレスは言う。各人が願うものは何らかの善きものである。ただ、願うものが必ずしも真に善きものであるわけではないし、各々にとって善いと思われるものが必ずしも願わしきものでもない。それゆえ、「すぐれた人間とは、おもうに、各方面のことがらにおいて真を観取することに最も卓越的であるごときひとだ」(p.99-100)と言うことができる。ただ、ここでは真の善が具体的にどのようなものであるのか明確にされておらず、「各方面のことがら」というからには、少なくとも真の善は唯一の善ではないのであろう。したがって、可能な解釈は、徳を備えた人間は任意の目的に対してロゴスに適ったてだてを選択しうるがゆえに、彼にとって善いと思われるものが真の善と一致する、というものである。簡単に言ってしまえば、各人にとって目的は諸々あるが、徳を備えていれば最も望ましい仕方で達成しうる、ということになろうか。

第四巻第五章⇒「それゆえ、いかなる程度にいかなる仕方で逸れた場合に非難されるべきであるかということは理説によって示すことは容易ではない。ことがらは個別的なるものに存していて、その判断は知覚に依存するのだからである。」(p.157): この「理説」の原語はロゴスだが、明らかに一律普遍の基準という意味で用いられていることは間違いないだろう。ならば、ここから哲学者であっても政治的生において裁定者となるべき際には、理説ではなく個別の状況に応じた実践知に依拠しなければならない、とは言えまいか。すなわち、哲学者は智の所有者としての資格ではなく、「中庸」に則した諸々の卓越性(ニーチェやアレントが唱えるような美的卓越性ではない)を備えた市民としての資格において裁定を行うのである。

第七章⇒アリストテレスが「エイローネイア」、訳語で「卑下」を語るときには、ソクラテスのそれに肯定的な評価がなされているとはとても思えない。これは意図的なものであろうか、それとも「無知の知」という教育的実践に気付いてはいないだけであろうか。

第五巻第一・二章⇒訳者は1129b以降数行にある「無条件的にいえば常に善きもの」と「無条件的な意味におけるもろもろの善」を、それぞれ自体的善(各人に対しては善にも悪にもなりうる)と「相対的ならぬ善」(それ自体で絶対的善)というニュアンスで捉えているが、後者を前者と同じように解してもとくに不都合はないように思える。(こればかりは自らで原文にあたれるようにしないといけないわけだが) また、これ以降、対他的徳としての(広義の)正義と徳の一部としての(狭義の)正義の区別がなされるが、前者については、「他人への関連において見られるかぎりそれは正義であるし、こうした関連を離れて純粋にかかる「状態」としてみられるかぎり徳なのである」(p.174)と説明される。そして、狭義の正義と広義のそれとの関係については、「狭義の不正義は名誉とか財貨とか身の安泰とか…にかかわり、利得に基づく快楽をその目的とするものなるに対して、広義の不正義はおよそよきひとのかかわるごときあらゆることがらにかかわっているのである」(p.176)というかたちで表現される。端的に言えば、広義の不正義は「違法的(パラノモン)」なそれ、狭義の不正義は「不均等的(アニソン)」な(過多をむさぼる)それということである。狭義の不正義は配分的(ディアネメーティコン)正義と矯正的(ディオルトーティコン)正義に分類されて、後者はさらに与えられた損害が、随意的なもの(販売、購買など双方的な交渉)か不随意的なもの(窃盗、姦淫など一方的な交渉)かで二分される。

正義について

第二章で注目したいのは、端的な意味における立派な人間をつくるための教育(パイデイア)とそれへの関心から立法する国政(ポリティケー)の関係であろう。「よき人間であるということと、或る任意のポリスのよき市民(ポリテース)であるということとは、必ずしも同じではないだろうからである。」(p.177, cf. WIPP, p.35)

第三章⇒配分的正義において基準となる価値(アクシア)がどのように定められるかは気になるところであろう。
…そのいうところの価値なるものは万人において同じではなく、民主制論者にあっては自由人のたることを、寡頭制論者にあっては富を、ないしはその一部のひとびとにあっては生まれのよさということを、貴族制論者にあっては卓越性を意味するという相違がある。(p.179)
第五章⇒幾何学的比例のバリエーションとして逆比例にもとづく交易的(応報的)正義が論じられ、原初的な貨幣論が展開される(価値尺度、価値貯蔵手段)。

第六章⇒主従関係と父子関係について言及されている。
主人とか父親の場合における「正」はこうした場合のそれとは同一でなく、類似的なものしかない。なぜかというに、無条件的な意味における「自己のもの」に対しては不正義なるものは存在しない。しかるに蓄奴とか、一定の年齢に達して独立するまでのわが子はちょうど自己の一部分のごときものであり、何びとも自分自身を害うことを選択しはしないのである。(p.193)
現代人の観点から見れば、主人と父親によるそれぞれ奴隷と子どもの「所有」という点で問題視されるだろうが、市民社会的「正」(ポリティコン・ディカイオン)が適用されないからといって、好き勝手に害を加えうるというわけでもないのだろう。「自己の一部分のごときもの」という表現は見方を変えれば厳しい規範となりうる。ちなみに、夫婦(男女)関係については別途、家政的「正」(オイコノミコン・ディカイオン)が適用される。

第七章⇒以前引用した「自然本性的な正」についての訳者の注での見解(p.280-281)は、近代自然権思想との意味関連(その実際については一定の断絶は免れえない)を強調することによって、古典的正の概念を擁護する姿勢に見えなくもない。ただ、神ならぬ人間の法においては、いかにしても自然的な正と人為的な正は共存せざるをえず、またその双方が共に可変的であるとアリストテレスが言うのには留意すべきである。ここに、トマス的な自然法概念との決定的な違いを見ることも可能であろう。

第十一章⇒末尾でプラトンの『国家』篇批判とも受け取れるような論述をしている。主従的、家政的関係になぞらえて、魂の諸部分の間における「正」を強調する箇所であるが、ロゴスの絶対的優位を説く『国家』篇においてはまず考えられないことであろう。

第六巻第一・二章⇒理論と実践の関係を考えるうえで重要な巻。魂の有ロゴス的な部分がさらに二つの部分に分けられ、ひとつは「そのアルケーがそれ以外の仕方においてあることのできないごときものごと」について考察する「認識的な部分」(エピステーモニコン)であり、もうひとつが「それ以外の仕方においてあることのできるものごと」にかかわる「勘考的な部分」(ロギステイコン)である。それぞれの部分はことわりにおいて理論と実践をつかさどり、ことなった知性的な卓越性を備えうる。また、あらゆる実践のアルケーは「選択(プロアイレシス)」であり(ただ、「選択」は手段にのみかかわる)、そして「選択」のアルケーは「欲求」(オレクシス)ならびに「目的的なことわり」(ロゴス・ホ・ヘネカ・ティノス)にある。その意味で、「選択」は「欲求的な知性認識」(オレクテイコス・ヌース)ないしは「知性的な欲求」(オレクシス・ディアノエティケー)と呼ばれる。ただ、この「目的的なことわり」が示されるのが知慮によってなのか、倫理的徳によってなのかは、この箇所からは明らかではないが、後に後者によってであることが述べられる(第六巻第十二章、p.243)。とにかく、「勘考的な部分」における知性的な徳の目指すところは「立派にやれるということ」(エウプラシア)でなければならない。無論、そのためには実践にかかわる知性的な卓越性(知慮)と倫理的性状(勘考・節制など)が不可欠になるわけだが。

第三〜七章⇒魂が「真を認識」(アレーテウエイン)する際に用いるものとして、学(エピステーメー)・技術(テクネー)・知慮(プロネーシス) ・直知(ヌース)・智慧(ソフィア)が取り上げられる。平たく言えば、学・直知・智慧が必然的な事柄としての理論知や観照的生にかかわり、自然学者や哲学者(智者)がその領分とするところであるのに対し、技術・知慮は偶有的な事柄としての実践知や実践的生にかかわり、それぞれ職人と政治家がその領分とするところである。言うまでもなく、これらはアリストテレスの学的区分、理論(テオリア)・実践(プラクシス)・制作(ポイエーシス)に対応している。

智慧が学・直知とどのように異なるかは以下のように考えればよい。すなわち、エピステーメーは帰納(エパゴーゲー)もしくは推論(シュロギスモス、いわゆる推論的三段論法)による論証を経た学的認識であり、ヌースはその土台となる基本命題の認識である。したがって、ソフィアはこれらを共に併せ持った神的な知、全体に関する知である。むろん、人たる哲学者がソフィアを所有できるとは考えないほうがよいであろう。もしそれが可能であるならば、アリストテレスはわざわざプロネーシスを論じる必要がなかったからだ。つまり、知的認識を単一のものとして一つの自我に回収するデカルト的発想とは根本的に異なるのである。
知慮は、…「人間的なもろもろのことがら」、そして「それに関して思量することの可能なことがら」にかかわっている。/また、知慮は単に一般的なことがらにかかわるにとどまらない。それは個別的なことがらをも知らなくてはならないのである。けだし、知慮は実践的であり、実践は、だが、個別的なことがらにかかわるのだからである。或るひとびとが知識を有せずしてしかも知識を有するひとびとよりも実践に役立つことがあるのもそのゆえである。(p.230)
最後の一文は誰しもが納得することであろう。頭でっかちの学者や哲学者が同時に優れた政治家(教育者を加えてもよい)になるとは限らないということである。

第八章⇒棟梁的な学としての政治学について論じられる。しばしば古代哲学は知行合一という語をもって認識即徳という批判がなされるが(プラトンの描くソクラテスは確かにそのきらいがある)、アリストテレスはこれに対して経験の重要性を強調する。
年少で幾何学者や数学者となり、そういった方面の智者となる者はある。しかし年少で「知慮あるひと」となる者はないように思われる。このことの因はというに、知慮はやはり個別(タ・カタ・ヘカスタ)にもかかわるが、個別が知られるのは経験に基づく。年少者は、だが、経験に富んでいない。久しい歳月が経験をつくりだすのだからである。(p.233)
現代に生きるわれわれにとっても十分思い当たるところであろう。アリストテレスはさらに哲学と自然学を経験が必要とされる分野として付け加えている。

第九章⇒「思量の巧者」(エウブーリア)について。
…「知慮がある」といわれるひとびとには、「よく思量した」ということが属するならば、「思量の巧者」とは、その真なる把握が「知慮」であるごとき、そうした目的(テロス)に対する有用なてだてを見出すについての「ただしさ」でなくてはならない。(p.235)
実践的生については、この「知慮」と諸々の倫理的な卓越性(節制・勇敢など)とが決定的な役割を果たすが、彼の思想全体を視野に入れたとき、それらが「欲求」される目的にかかわっているのか、それとも手段の「選択」(第三巻第二章、p.92)にかかわっているのか、どうも若干のブレが認められる。ただ、目的と手段、いずれの「ただしさ」が語られるにせよ、それが目的の複数性と背馳しないことは言うまでもないだろう。難しく考える必要はない。例えば、「人の命を理由なく奪うこと」は目的として「ただしい」ことであろうか?残念ながら、われわれはこのような問いについても理由付けを要求される時代に生きている。無論、それが悪いことだとは言わないが。

第十二・十三章⇒最初に知慮と徳の関係について。先にも見た知行合一にまつわる批判に対し、「われわれはそれ[知慮の対象となる正しきことがら]を知識していることによって何らそれを行うちからを加えるわけではない。アレテーとは状態(ヘクシス)なのだからである」(p.242)とアリストテレスは論じる。このことは、後で再びあからさまなソクラテス批判として述べられている。
一部のひとびとが「すべて徳とは知慮である」と主張するのも、まさしくこうしたところに基づくものなのであって、ソクラテスも、或る面ではその探求はただしく、また或る面では誤りをおかしている。すなわち、「すべての徳とは知慮である」と考えるのは誤りであったし、それが「知慮なしには存在しない」といっているのは至言である。(p.246-247)
ただし、「知慮なしには存在しない」と言う場合には以下の点に気をつけなければならない。すなわち、知慮は各人が必ずしも備えなければならないわけではなく、他者からの助言でも事足りるということである。そうして、アリストテレスは知慮よりも徳を備えることを第一義とするのである。これは、彼が「アレテー」という一語によって知性的なそれよりも倫理的なそれを意味することにも深く関係していよう。彼はまた「怜悧」と「知慮」、「生来的な徳」と「勝義の徳」との対比を説いているが、ここにも「可能態」と「現実態」という彼特有の思考的枠組みが働いている。ただ、先にも触れた目的と手段に対する知慮と徳の役割については、以下のようにまとめられている。
…人間の人間的なはたらきの実現は、知慮(プロネーシス)と、そして倫理的徳(エーティケー・アレテー)に俟たなくてはならぬ。徳は標的をしてただしきものたらしめるし、知慮はこの標的へのもろもろのてだてをしてただしきものたらしめる役割をはたすのである。(p.243)
…「選択」ということは、知慮なくしても、徳なくしても、ただしい選択たりえないものなることが明らかである。後者は目的をただしく措定せしめ、前者は目的へのただしきもろもろのてだてに到達せしめるのだからである。(p.248)
ブレが認められるのは倫理的徳の役割である。先にはそれは目的そのものではなく手段(てだて)にかかわると明言されていた(第三巻第五章、p.100)。このようなあいまいさを含めて行為の目的と手段については以下のように描くことができよう。

知慮と徳

さらに、このふたつの章は智慧と知慮の位置関係(哲学と政治の関係と言ってもよい)について触れられた箇所でもある。
知慮は智慧よりも劣ったものでありながら、それが智慧よりも有力な位置を占めるとすれば、これは不条理なことだと考えられよう。(p.242)
…知慮が智慧に対して支配的な力を有しているなどというわけではなく、また、それが魂のより上位的な部分を支配しているなどというわけでもない。それはちょうど、「医学」の「健康」に対するごとくなのであって、すなわち、それを使役するのではなく、かえって、それの生ずるように気をつけるのである。だからして命令もそれのためにするのであって、それに対してするのではない。(p.248)
あとのほうの引用では、知慮が「医学」に智慧が「健康」に例えられていると解釈できる。あくまでも魂において上位に存するのは智慧であるが、(倫理的な卓越性である)知慮は(知性的な卓越性である)智慧が生ずるよう配慮するのである。したがって、両者の関係は一方的な支配関係によって論じ尽くせるものではない。最後に、以上の議論から魂のより詳しい見取り図が得られる。

プシュケー(その2)
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木田『反哲学史』/野田『デカルト』/モロー『スピノザ入門』

木田元(2000)『反哲学史』講談社学術文庫

「反哲学史」を描くためには、古典的合理主義から近代の形而上学までの直線的な哲学史観を構築しなければならない。その意味では、ソクラテスが破壊し、プラトンが打ち建てた、という構図はすっきりしていてわかりやすいが、冒頭の「無限否定」の考えは、キルケゴールやドイツ・ロマン主義者の発想に引っ張られ過ぎている感がする。もちろん、アイロニストが真の知を備えている必要はないだろうし、対話篇を読む限りソクラテスが一度も明確な結論に達し得なかったのも明らかである。しかし、ほんとうにソクラテスはあらゆる伝統を疑い尽くすことで無に帰さしめようとしたのであろうか? 少なくとも、われわれは彼がソフィストを自家撞着へと追い込む際に用いた市井の言葉を知っている。しかし、無限否定はこの自らが語る言葉の根拠すらも否定するものではないのか? ならば、プラトンが残した対話篇(少なくとも初期のそれ)そのものも全くの茶番劇であったとしか言いようがなくなるであろう。行き着く先が見えないからといって、人は現に歩いている地面までをも見失うわけではない。また、「[後年のイデア論批判が]彼(=プラトン)のこの教説(=イデア論)を実践的関心から切り離して純粋な理論体系として扱おうとする弟子たちへの警告だったのではないでしょうか」(p.98)という通俗的理解も、よくよく考えれば奇妙な擁護の仕方である。そもそも理論と実践を究極の形まで融合した『国家』篇において、前者の暴走を止める内在的根拠など見出されるはずもない。つまり、プラトンの実践的動機の忘却は、理論の側において後世の哲学者たちの誘惑に対する決定的な制止要因にはなりえないということだ。さらに、「シュラクサイもいわば哲学者の実験材料にされて大混乱をきたすことになってしまいました」(p.99)というのも、『第七書簡』がプラトンの全く身勝手な自己弁明であり、信用に値するものではないと解釈されない限りは出てこない言明であろう。

鍵は、やはりアリストテレスの倫理学・政治学にあるように思える。第一哲学の不動の動者はどういうわけか、人の実践的生について究極的な答えを与えてくれない。もしそうならば、われわれは完璧な因果連環に沿って生きていくだけで良いし、そもそも人間に随意性を認める倫理学の試みは徒労に終わろう。しかし、なぜ彼は、カントのように、実践的生の究極的根拠をつまびらかにしようとしなかったのであろうか。残念ながら、『反哲学史』はこの問いに答えてはくれない。理性をデカルト的自我に回収することで生まれた主客の循環論法、「私は自分が明確に確認できるものだけを存在者と認める、したがって、存在するかぎりのすべてのものは、私の明確な認識の対象になりうる、私は存在するもののすべて、つまり世界を隈なく明確に認識しうる」(p.150)、はカントにおいて一旦反省の契機を得たものの、ヘーゲルは歴史にこの矛盾を解決する光を見出し、それによって世界の観念論的一元化を実現した。問題は、その後の反哲学の系譜が現在に至るまでわれわれに何を齎したかである。少なくとも、(ソクラテス以前の哲学ではない)古典的政治哲学への回帰が真摯な選択肢となりえなかったことは疑い得ない。

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野田又夫(1966)『デカルト』岩波新書

* 「『完全な認識』によって支えられた道徳を強調するデカルトは明らかに、古代の道徳論者が徳をほめながら徳の認識を教えなかったという…不満を念頭にもっている。古代の道徳論は砂上楼閣であるに対して、デカルトの求める道徳は、形而上学と自然学とに支えられた道徳なのであります。」(p.58): この認識は、アリストテレスとデカルトの哲学的体系の差異を示唆するものであろう。両者は道徳を最上位に据えたが、前者が上から下への規定性を有していたのに対して、後者は下から上へのそれを有していた。それゆえ、「意志するはたらき」(volitio)を「理解する(知る)はたらき」(intellectio)に従属させた上で、デカルト的自我はそれらを一元的に回収しえたのである。しかし、これだけでは人類の至りつく先は自由ではなく自然の必然性がもたらす隷従となってしまう。彼はこのようなストア的発想に対し、「人間の技術による自然支配を人間の自由の大切な側面として大きく認める」(p.84)。ならば、この自由については根拠をどこに求めればよいのか? 残念ながら自我自身に求めることはできない。意志が理性に従属しないのならば、そもそも感覚的欲望に引き摺られた蒙昧主義を否定しえないからである。アリストテレスが理論と実践をひとつの原理へと回収せず、尚且つ両者の関係をあいまいにしたことは、このジレンマを避けるためのやむを得ない処置だったようにも見える。そうでなければ、彼の徳論が砂上楼閣として批判されることもなかったであろう。

* 「デカルトは、他人のならうべき模範を示しているのではない、とくりかえし言っている。これは、宗教はもちろん道徳について、また社会制度について、他人に説教する意図は毛頭ない、という意味であります。自分は、社会制度を改革するとか、新たな道徳を人に説くとかする、革新家でも開祖でもないという。…もちろん社会は不完全である。…けれども各社会の不完全性は慣習によって和らげられており、それをこわしてたて直すよりも辛抱するほうがましである。公の制度をいったんこわすと立て直すことは困難であってひどい結果を生む。」(p.79): 彼がその哲学的体系と方法論によって後世に残した影響からすれば、これほど説得力のない言い分はないであろう。

興味深いのは、本書で描かれたデカルト像がシュトラウスの自然主義者に酷似することであろうか。
* 「かれは速断と偏見とを自己から除くため、一室で集中的に考えるよりはむしろ旅をして実際的な経験を重ねるという道をとっています。…そういう旅によってすでに早く(学校を出た直後に)デカルトの気付いていたことは、人間が確かな認識によって生きているよりはむしろ習慣によって生きているということであ[った]。」(p.74)
* 「伝統が自身を与えるという場合は、その伝統の中に、自分がどう考えても、自分の経験と反省とをつくしても、真としか思われないような、普遍的な原理が見出された、という場合でなければなりません。」(p.76)
* 「…真理を探求するという仕事がこの世のいろいろな職業の中で最もよい、…自分のやろうとする知恵の研究ほど、純粋な満足をえられる仕事はほかにない…。」(p.82)

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P=F・モロー(松田克進・樋口善郎訳)(2008)『スピノザ入門(2003, 07)』文庫クセジュ

古典哲学に対する若干の偏見が見られないこともないが、広く基本的な事項をカバーしているので便利。一番大きな収穫は、理論と実践の関係が結局は決定論と自由意志の問題に帰着するということだろうか。そういえば、以前からこのテーマを論じてきた政治思想史家の半澤孝麿氏が、最近出版された論集においてもカントにおける自由意志の問題を取り上げていた。
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