2009年07月09日

McWilliams, “Leo Strauss and the Dignity of American Political Thought.”

McWilliams, William C. “Leo Strauss and the Dignity of American Political Thought.” Review of Politics. 60.2 (1998): 231-246.

マクウィリアムズ(1933-2005)は生前にラトガーズ大教授(政治学)。Wikiによれば、バークレーでMA(学位論文はモーゲンソーとニーバーの政治的リアリズムについて)とPhDを取得。興味深いのは、S・ウォーリンに学びつつ、同時にシュトラウスとド・ジュヴネルの影響下にあったということ。バークレー時代の教官には、J・スハール(Schaar)というコミュニタリアン寄りの政治学者もおり、彼の政治的フラターニティの言説はそこから来ているのかもしれない。晩年には、長年自らの精神的伴侶であったトウェインの研究に従事していた。ポモナ大助教の娘(Susan J.)が追悼論文をReview of Politicsに寄せている。

マクウィリアムズは、シュトラウスに倣って、近代リベラリズムの個人主義・多元主義をアメリカという精神的土壌で成立せしめるオルタナティヴな思想伝統、市民宗教と伝統的なリベラル・エデュケーションの役割を重視する。
...the special contribution of religion to the American regime, and the condition of any alliance between religion and classical rationalism, is a variety of faith, unlike older orthodoxies, does not regard the laws as divinely founded, and hence distinguishes between civil religion and religion per se... Strauss praised American religion as a “bulwark of diversity” and a protection against tyranny of the majority, presenting it as a champion of variety and dissent rather than a force of uniformity. (p.241)

The modern democratic ideal, Strauss pointed out, is the elevation of all citizens, aiming at “an aristocracy of everyone.”... necessarily, it must derive from sources outside, and for the most part older than, democratic laws and politics --- in America, from biblical religion and from more or less traditional liberal education. (p.242)
したがって、マクウィリアムズはシュトラウスを以下のように評価する。
No one was better suited than Strauss...to discern that if the American agon is elusive, it is because so much of the contest lies within Americans rather than between them. For American political thought, Strauss’s legacy is a kind of anamnesis, the remainder that the stakes of American politics include great ideas as well as great powers. Strauss’s teaching rests on the truth that there are no souls without longing, only those whose yearning lacks words and harmonies. Leo Strauss, and Orpheus in the American Thrace, continues to teach the music of politics. (p.246)
ここで、堂々とbetweenをwithinと言えてしまうところが、特定の心性を押し付けている、多元主義には似合わない、などと毛嫌いされるのであろう。すなわち健全な多元性と逞しい個人主義を支える土台が、どれくらいの嵩を要求するものであるのか、という問題である。(どこからか、もうすこし真面目に規範理論に取り組んだら、という声が聞こえてきそうだが) ちなみに、 “souls without longing”というフレーズは、ブルームの『アメリカン・マインドの終焉』の原タイトルから来ている。ここからも、マクウィリアムズが文化闘争のどちら側に立っているかは推して知るべしだろう。

しかし、そんな彼も肯定的評価に二つほど留保を付している。ひとつは、現代アメリカの思想環境をめぐるエソテリシズムの取扱いの矛盾。もうひとつは、「独立宣言」や建国の父たちに対するシュトラウスの思い入れが、弟子たちの関心を過剰に“philosophical statecraft”へと向かわせたこと、である。後者の結果として、弟子たちはエマーソンなどのアメリカの思想家やピューリタン的伝統を看過するはめになった。(西海岸シュトラウシアンについて特に当てはまる) シュトラウスにおける理論と実践の距離は、前者のその導き手となりうる程度に応じて見定められるべきものであろう。現実政治において、ステイツマンの自由裁量が赦されるものでなければならないからだ。
posted by ta at 03:13| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。