2008年11月14日

シュトラウス学派

以下は、自身らもシュトラウスの弟子であるザッカート夫妻による、一般的な共有認識に独自の判断を加味したシュトラウス学派のまとめ。(Zuckert, Catherine, and Michael Zuckert. Truth about Leo Strauss: Political Philosophy and American Democracy. Chicago: Univ. of Chicago Pr. 2006. 197-259.) ただし、著者の目的が、シュトラウスを擁護し、シュトラウス学派を巨大な一枚岩のセクトであるとするような誤解を解くことにあることを銘記しておく必要がある。

ザッカート夫妻はまず、そこまでに述べてきたアメリカについてのシュトラウスの(一見して矛盾する)三段論法を確認する。

1. アメリカは近代的である
2. 近代性は悪い
3. アメリカは善い

このいずれの命題に力点を置くかで、以下それぞれの立場において相違点を見出すことができる。

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[三つの源流]

ウォルター・バーンズ(1919-, AEI/ジョージタウン大): 初期の主著である、Freedom, Virtue, and the First Amendament(1957)においては、合衆国憲法第一修正条項にある言論と報道の自由について、それが自由主義の地平で争われるべきではなく、そもそもそれをも含む政治全体が徳の実現を目的とすべきであると説く。シュトラウスに倣い、近代政治哲学と自然権(ホッブズ、ロック)を批判し、その非道徳性を指摘するが、プラトンでなくアリストテレスに依拠する点では幾分立場を異にする。そのため、独自のプラトン解釈から「政治の限界」を導き出したシュトラウスに対して、バーンズは最高裁によって古典的政治哲学における知恵(wisdom)に合憲性(constitutionality)・法の支配を合致させるべく司法積極主義(judicial activism)を主張する。近代自然権の否定に伴って、アメリカおよびその建国精神の善性に対して否定的であることから、その姿勢を受け継ぐ東海岸シュトラウス学派の最初の理論家とみなされる。

マーティン・ダイアモンド(1919-1977): 元社会主義者。近代政治哲学批判においてシュトラウスに同調し、アメリカの建国精神もそれと同義である「新しい政治学」の枠組みの中で理解されなければならないとする。しかしその一方で、同時代の進歩主義的歴史解釈(合衆国憲法の貴族主義的・寡頭政的解釈)に対しては、古代人ならぬ、建国の父たちを擁護し、その知恵へと回帰しようと試みる。具体的には、彼らをニューディール・デモクラットに接近させ、合衆国憲法の枠組みが実際は将来の反連邦主義的な国家像を見通して構築されたと主張。その意味では、シュトラウスよりもアメリカの国制に好意的とも受け取れるが、最終的には建国の父たちの知恵をも乗り越えるべきものとして捉えるがために、概して両義的。ただ、いわゆる中西部シュトラウス学派が、このダイアモンドの建国精神(彼はマディソンの拡大された商業的共和国の理論を賞賛する)やアメリカの善性に対する肯定的評価を基礎として展開される。

ハリー・ジャッファ(1918-, クレアモント研究所): New School for Social Researchにおいて、シュトラウスの下で博士号を取得。その初期の著、Crisis of the House Divided(1959)では、リンカーンを建国精神のうちにある近代性を発展的に超克した人物として描き出す。リンカーンによって、万人の平等性は、ロック(ジェファーソン)のように、自然状態にのみ存在するわけではなく、社会が目指すべき超越的目標とされ、後者の自己保存の情念から導かれる仮言的義務に対しても、カント的契機(とズッカートが呼ぶもの)、すなわち定言的な権利尊重義務が対置される。しかし、これは「政治家」リンカーンが一つの政治的真理として求めたものであって、ジャッファは、更に彼を、万人の平等性を否定しつつも、(カエサルやナポレオンのように)自らは名誉と名声を求めることを知らない、いわば「哲人政治家(philosopher-statesman)」ように描くことで、アリストテレス的、貴族主義的視点を導入する。このようなリンカーンの描写は、そもそもそれを描くジャッファの役割と立場をも規定するものであるが、いずれの箇所(ロック、カント、アリストテレス的契機、およびリンカーン)をとっても問題が多く、その矛盾点を克服していく過程において西海岸シュトラウス学派が成立する。

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[シュトラウス学派の萌芽]

東海岸: ここでは、シュトラウスの最も著名な弟子、アラン・ブルーム(1930-1992, シカゴ大)が主として取り上げられている。彼を一躍有名にした著作、Closing of the American Mind(1987)は、まず60年代以降のアメリカの若者の精神性として「開放性(openness)」の美徳を取り上げ、その素地がアメリカに伝統的な「単調さ(flatness)」や「人あたりの良さ(niceness)」を生み出した建国精神(ロック的アメリカ)において既に用意されていたものであったと断罪する。そして、ニーチェに代表されるヨーロッパでの「近代性の第三の波」が60年代にアメリカに移入されるにつれ、その伝統的な精神は変容を被り、アメリカ独特のニヒリズム、すなわち「開放性」の美徳を生み出した。一見したところでは、シュトラウスの近代性批判(「近代性の三つの波」)に沿っているように思えるが、ブルームは師匠以上に、第一の波に対する第三の波の批判の鋭さに強い印象を受け、翻って、アメリカ精神風土に存するの一種の軽さに対してより悲観的な立場に立つ。したがって、この姿勢はバーンズや東海岸のシュトラウス学派においてもアメリカの善性に対する不信感を露にしている点では最も極端な立場といえよう。その他の主要な知識人として、トーマス・パングル(1944-, テキサス大オースティン)、ハーヴェイ・マンスフィールド(1932-, ハーバード大)、クリストファー・ブルーエル(1942-, ボストン・カレッジ)、セス・ベナルデーテ(1930-2001, NYU/NSSR)などが挙げられている。

西海岸: ジャッファはCrisis of the House Dividedを発表して以降、その立場を大きく変遷させていくが、そのきっかけとなるのが、ウィルモア・ケンダルによる批判(ジャッファの描くリンカーンの歴史主義)への応答と、シュトラウスに対する発展的批判である。まず、彼はリンカーンによって超克されるべきとした「独立宣言」の読み替えを試みる。「宣言」で述べられる人権について、シュトラウス(およびCrisis)のように飽くなき欲望から導くことを止め、人間の自然的な平等性から導く解釈を行う。そして、その平等性の根拠を「宣言」にある「自明の真理」から、「他なるもの(otherness)(神、純粋理性など)」にまで遡って求める。これが西海岸シュトラウス学派の核となる。これによって、Crisisにおけるリンカーンの建国精神に対する批判的立場という見方は変更されることとなり、相対主義と歴史主義に取って代わられるべき教義こそが、まさにこの平等性を恒久的な道徳規準として持つ「独立宣言」であると主張される。ダイアモンドとは1970年代初頭から「宣言」内の体制についての中立性をめぐって激しく対立し、その転向に従って、(シュトラウスの第三命題と共に)アメリカ民主主義の正当性を確認する。その後、Studies in Platonic Political Philosophyのパングルによる序文への批判(1980年代中頃)、ならびにブルームのClosing of the American Mindに対する批判(1980年代末)を通して、西海岸シュトラウス学派の主要テーマが具体化していく。彼らは、シュトラウスの第一命題(「アメリカは近代的」)を否定するために、建国の父たちをアリストテレス主義であったと主張し、そしてブルームを批判する中で、建国精神を擁護する立場を明確に打ち出す。また、それに沿うようにジャッファ自身によって以前のロック解釈の変更も行われる。この学派に属する名前として他に挙げられていたのは、トーマス・ウェスト(1945-, クレアモント研究所)、チャールズ・ケスラー(1956-, クレアモント・マッケナ大)。

中西部: 中西部シュトラウス学派は、60年代の混乱した政治状況に対する批判からダイアモンドが近代政治哲学の見直しを始め、シュトラウスとその第二命題(「近代性は悪い」)から乖離していく過程と共に立場を具体化していく。シュトラウスの弟子である以上、近代性がもたらした害悪についての指摘も忘れることはなかったが、70年代に発表された諸論考においては、それらは近代の数ある恩恵を享受するためにやむなく支払われたコストであったと主張するようになる。特に、マディソン的な近代統治体制への姿勢は一変し、前近代からの残滓ではなく、まさにその近代性によって徳と卓越性が生み出されたと評価する。また、近代性が解放した所有欲(acquisitiveness)を、非難されるべき強欲(avarice)と区別し、前者は努力と資質に基づいた正当な獲得であって、その過程で節制、合理性、勤勉性が教えられ、個人の卓越性を育てるものであると説く。アリストテレス主義とは異なり、私的領域における実際生活を通じて育まれた「リベラルな諸徳」(W・ガルストン)こそが中西部シュトラウス学派の焦点となっていく。ただし、シュトラウスやブルームによって指摘された近代性の第三の波の脅威やその末路(60年代のラディカリズムやポストモダニズム)に対してはどのように具体的に答えていくべきなのか、依然課題は残っている。この中西部学派に属する知識人としては他に、ウィリアム・ガルストン(メリーランド大/ブルッキングス研究所)が挙げられ、立場的に近い人々として、後期バーンズ、ジョセフ・クロプシー(1919-, シカゴ大)、ラルフ・ラーナー(シカゴ大)が言及されている。

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また、29項には各分野におけるシュトラウスから影響を受けた膨大な数の学者の名前が列挙されている。太字は上記で言及した人物。

*プラトン研究: セス・ベナルデーテ、スタンレー・ローゼン、アラン・ブルームジョセフ・クロプシークリストファー・ブルーエル、マイケル・デイヴィス、ロナ・バーガー、メアリー・ニコルス、キャサリン・ザッカート

*中世哲学: ムシン・マフディ(Mushin Mahdi)、アーネスト・フォーティン(Earnest Fortin)、ラルフ・ラーナー、ジョエル・クレイマー(Joel Kraemer)、チャールズ・バターワース、ミリアム・ガルストン、レミ・ブラーグ(Remi Brague)、ヒレル・フラッドキン、ジョシュア・パーレンス(Joshua Parens)、クリストファー・コルモ

*マキアヴェッリ研究: ハーヴェイ・マンスフィールド、クリフォード・オーウィン、ヴィッキー・サリヴァン

*初期近代の政治哲学(モンテーニュ、ベーコン、ホッブズ、ロックなど): ヴィクター・グレヴィッチ(Victor Gourevitch)、リチャード・ケニングトン、ハイライル・ギルディン(Hilail Gildin)、ハイラム・ケイトン(Hiram Caton)、ロジャー・マスターズ、トーマス・パングル、ピエール・マナン(Pierre Manent)、デイヴィッド・シェーファー(David Schaefer)、ネイサン・タルコフ、ロバート・フォークナー(Robert Faulkner)、ロバート・クレイナック(Robert Kraynak)、ジェリー・ワインバーガー、アーサー・メルツァー、クリストファー・ケリー、マイケル・ザッカート

*後期近代の哲学(ドイツを中心に): ウィリアム・ガルストン、マイケル・ガレスピー(Michael Gillespie)、スーザン・シェル、リチャード・ヴェルクレー(Richard Velkley)、スティーヴ・スミス、ローレンス・ランパート、グレゴリー・スミス、ピーター・バーコウィッツ(Peter Berkowitz)
posted by ta at 21:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 研究メモ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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