2008年11月18日

プラトン『テアイテトス』

プラトン(田中美知太郎訳)(1966)『テアイテトス』岩波文庫

一読して、サッと全体の構成が掴み取りにくかったので、訳者解説を参考に以下に大まかな流れをまとめておく。

[本編対話への導入]
142A-143C: エウクレイデスとテルプシオンによる対話
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[本編]
143D-148D: テオドロスによるテアイテトスの紹介(144D); 「知識とは何か」の問題提起(145E); テアイテトスの無理数論(147D)
148E-151D: ソクラテスの産婆術
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[第一部]
151E: 「感覚説」の提起; 「…何かを知識している人というものは、知識しているそのものを感覚(感受)しているものなのです。すなわち…知識は感覚にほかなりません」(テアイテトス)
 脱線@: プロタゴラス・ヘラクレイトス説(152A-183C)
184B-186E: 「感覚説」の反駁
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[第二部]
187B-C: 「真なる思いなし説」の提起; 「思いなしには二つの品種があって、一つは真なるもののそれであり、他は虚偽なるもののそれであるから、その真なる思いなしのほうを知識だと定めるわけだね」(ソクラテス)
 脱線A: 虚偽可能の問題(187C-200D)
200E-201C: 「真なる思いなし説」の反駁
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[第三部]
201C: 「真なる思いなしに言論を加えたもの説」の提起; 「…真実の思いなしだけでは、言論が加わっていなければ、知識の範囲には属さない…」(テアイテトス)
 脱線B: 単純要素とその束との可知不可知の区別の議論(201E-206B)
206C-210A: 「真なる思いなしに言論を加えたもの説」の反駁
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[終極]
210A-D: ソクラテスによる産婆術再論; テオドロスとの再会の約束(『ソピステス』へ)

どうも個々の細かい議論に関して理解に苦しむ点がちらほら残るのだけれども、またすこし時間を置いてから読み返すことにする。
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以下は第二部の「虚偽可能の問題」内で語られる、思考が感覚との間に起こす思いなしの真偽表(192A-194B)。1-14が虚偽の思いなしが不可能な場合で、15-17がそれが可能な場合。例えば、本文中にソクラテス自身による例示はないが、テアイテトスがこれに沿う形で問題提起を行っている(191A)16の場合だと、遠くの見知らぬ人を見て(感覚)、それがはっきりとは認識できないがために、見知っている(もしくは記憶にある―思考)テオドロスと勘違いする(虚偽の思いなし)、といった風になる。

思考が感覚との間に起こす思いなしの真偽表

余談だが、194Cに「ケアル」(胸)というギリシャ語が出てくる。訳注によれば、ホメロスにおいては、むしろ「ケール」という言葉が使われたそうだが、その語が示すところは、心臓のように体の部分を指し、もろもろの精神能力の座だそうだ。某ゲームはギリシャ語からこの語を引っ張ってきたのだろうか?
posted by ta at 17:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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