2009年01月09日

Zuckert, Truth about Leo Strauss(1)

Zuckert, Catherine, and Michael Zuckert. Truth about Leo Strauss: Political Philosophy and American Democracy. Chicago: U of Chicago P, 2006.(1)

シュトラウス学派を扱った、同書の第6、7章は以前にまとめた。今回は、序章。

Introduction: Mr. Strauss Goes to Washington? (pp.1-24)

序章は、一般メディアにおけるシュトラウス像の変遷を描く。ザッカート夫妻はシュトラウスの弟子であって、当然シュトラウス擁護の立場に立つので、いわゆるネオコンやブッシュ政権とシュトラウスを結びつける記事に対しては極めて批判的である。夫妻の整理によれば、メディアにおけるシュトラウス像は2つの側面を持つ。一つはウィルソン的な(民主主義的拡大を旨とした)理想主義的側面。もう一つは、打って変わって、マキアヴェッリ的な権謀術策を弄する現実主義的側面である。一見相反するこの2つの特徴が奇妙なことに共存する。ネオコンとの関連で言えば、前者はいわゆるレジーム・チェンジの源泉となり、後者はエリート主義、トラシュマコス的正義観、エソテリシズムと「高貴な嘘」に基づく大衆操作の知的源泉となる。

シオニズムとイスラエルを扱った一部のものを除いて、具体的な政策提言に関わる著作を持たないシュトラウスがいかにして、近年のように現実政治と結びつけられるようになったのか、夫妻はまずその前史とも言える以下の二つの著作に言及する。
* Burnyeat, Miles. “Sphinx without a Secret.” Rev. of Studies in Platonic Political Philosophy, by Leo Strauss. New York Review of Books. 30 May 1985: 30-36.
シュトラウスの思想と現実政治との関係について初めて言及した書評記事
* Wood, Gordon. “Fundamentalists and the Constitution.” Rev. of American Founding: Politics, Statesmanship, and the Constitution, ed. Ralph A. Rossum and Gary L. McDowell, etc. New York Review of Books. 18 Feb. 1988: 33-40.
憲法研究におけるシュトラウスの弟子たちの少なからぬ影響力を指摘。ただ、ウッド自身はそれほどシュトラウスに批判的なわけではない。

これら80年代の記事は一般世論に対する影響力が小さかったが、90年代に入ってにわかに騒がしくなる。
* Staples, Brent. “Undemocratic Vistas: The Sinister Vogue of Leo Strauss.” New York Times. 28 Nov. 1994: A16.(本文リンク)
シュトラウスが当時の現状維持的保守エリートに影響を与える思想家とされ、その中でも政府内外の4人の人物が名指しされる。実際、内3人はシュトラウスとなんらの結びつきはなかったが、最後の一人であるA・ブルームの名前がかろうじて記事の信憑性を担保し、その後に続くシュトラウスへの関心の波を形作った。
* Bernstein, Richard. “Very Unlikely Villain (or Hero).” New York Times. 29 Jan. 1995: E4.(本文リンク)
この第一波はそうそう続かなかったが、それを事実上終結させたのがこのバーンスタインの論説。シュトラウスの思想と非民主主義的なエリート主義との関係を否定した。

そして、2000年に入り、イラク戦争後にシュトラウス・バッシングはピークに達する。氾濫する関連記事の中で、その最初期とものとされるのが以下の2つ。
* Atlas, James. “Leo-Cons; A Classicist’s Legacy: New Empire Builders.” New York Times. 4 May 2003: sec.4, 1.(本文リンク)
* Frachon, Alain, and Daniel Vernet. “Strategist and the Philosopher.” Trans. Mark K. Jensen. Le Monde. 19 Apr. 2003. 9 Jan. 2009 < http://www.informationclearinghouse.info/article2978.htm >. (仏語原文)

しかし、これら著名メディアでの論説に先立って、イラク戦争以前から反シュトラウス(反ネオコン)のプロパガンダを繰り広げたのが、数々の陰謀論で悪名高い、L・ラローシェ(LaRouche)と彼の率いる政治団体である。夫妻は、いわゆるラローシェ主義者(the LaRouchites)に名を連ねる人びとが発表した一連の主張において、先のFrachonとVernetによる論説に対する影響関係を認める。そして、ラローシェがそもそも極端な進歩主義者であるがゆえに、初期の政治的言明では、先述したシュトラウスの反理想主義的なプラトン解釈が痛烈な批判の対象となった。(これらの夫妻の記述は事実として正しいのかもしれないが、イラク戦争後の一連のシュトラウス・バッシングの起源をラローシェとその取り巻きに求めるのは、その陰謀論的な論評のいかがわしさと胡散臭さで、それら記事全体の信憑性を疑わしいものとするには、効果としては抜群だろう)

夫妻の遡及的追及はここでとどまらない。シュトラウスの思想の核心をマキアヴェッリ的現実主義と捉え、ネオコンに影響を与えた(とされる)ウィルソン的理想主義を純粋な公教的教義(つまりは、高貴な嘘)として切り捨てる立場について、一部のラローシェ主義者が明示的に参照している研究者を指摘する。それはもはや言うまでもなく、S・ドゥルリーである。夫妻は、具体的に以下の3つの著作に言及する(彼女にはもう一冊、コジェーヴを主題としてその関連でシュトラウスを論じた著書がある)。
* Drury, Shadia. Political Ideas of Leo Strauss. New York: St. Martin’s, 1988. (Up. ed. New York: Palgrave Macmillan, 2005)
* ---. Leo Strauss and the American Right. New York: St. Martin’s, 1997.
* ---. “Saving America.” 10 Sep. 2003. Evatt Foundation. 9 Jan. 2009. < http://evatt.labor.net.au/publications/papers/112.html >.

それぞれの中身については詳しく言及しないが、夫妻の表現を使えば、ドゥルリーのシュトラウスとはマキアヴェッリ主義者、ニーチェ主義者、無神論者、ニヒリストである。加えて夫妻は、イラク戦争後に執筆された3番目の著作では批判のトーンがより過激に変化していったことも指摘する。
posted by ta at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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