2009年01月10日

デュシェ『オナニズムの歴史』/立花『アメリカ性革命報告』

D・J・デュシェ(金塚貞文訳)(1996)『オナニズムの歴史(1994)』文庫クセジュ
立花隆(1984)『アメリカ性革命報告(1979)』文春文庫

デュシェは、開巻劈頭、「われわれは、[性]行為の仕方から感じ方まで、生理=心理=社会学的環境によって条件付けられているのだ」(p.5)とポストモダン的(歴史主義的)言明を行う。しかし、訳者もあとがきで述べているように、この言明に自ら一貫して従っているとは言いがたい。訳者は、本書の近代における「性の解放・オナニズムの解放」が科学主義的視点(精神分析学や解剖学などの学問的発展)から描かれていることを指摘する。そこには、「オナニズムに対する見方・感じ方の歴史が、オナニズムそのものの歴史であるという自覚が」(p.147)今ひとつ足りないのである。だが、それは筆者が、性根の部分では啓蒙主義者であるからであろう。ゆえに、彼が「真理はすべからく、理性の光によってのみ理解されうるものでなければならない」(p.40)という言葉を発するとき、それは近代の百科全書派に向けられると共に、自らにも向けられているものと考えるべきである。ただ、考えてみれば、訳者が支持する歴史観も、剥いても剥いても一向に食べられそうにない玉葱のようなもので、その社会学的条件付けの解明が十分になされたという判断はいずれにせよ、これまた歴史的に制約されざるをえない常識に頼るほかないのではないだろうか。話は変わるが、「覗き趣味」についての描写(p.48ff.)は、以前の『魔女狩り』の話に通じていて興味深かった。ここでいう「覗き趣味」はいわゆる性癖としての覗きではなく、一種の集団恐慌に由来する。社会的にタブー視された行為(ここではマスターベーション)が「彼らを慄かせ、自分自身で恐がるために、見たと信じることを微に入り細に入り描写」(p.47)させる。挙句の果てにはいんちき病理学によって治療の名のもとに更なる覗きが繰り返される。彼らは恐れるからこそ多弁になる。その描写はもはや病的である。それが、いわゆる魔女狩りにおける魔女とされた女性と悪魔とのありもしない猥雑な行為の極めて細微な描写と二重写しになるのである。もちろん、純粋に性的な関心もあったのだろうけれど。立花の『アメリカ性革命報告』は逆にそちらの意味での覗き趣味といえるだろう。30年前の著作だと言うのに、フィスト(スカル)・ファッキング(特にゲイ同士の)や、社会的・政治的エリートと呼ばれる人々の異様な性描写には顔をしかめずにはいられなかった。当時の読者なら、解説者のようにきっと度肝を抜かれたに違いない。ちなみに、筆者はラディカル・フェミニズムとも言える、ウーマン・リブ運動には極めて手厳しい。「要するに、ウーマン・リブの根底にあるのは、女でありたくないという一語なの」(p.184)だそうだ。

(09.1.29追補)
『アメリカ性革命報告』の最後は、進行する性革命に対する以下のような警告で締めくくられる。本書の出版から30年を経て、果たして性やセックスに起因するような社会的な大変動は発生しただろうか。日本においては、逆に(流通に関して)法的規制やメディア側の自粛が強化されてきたように見えるが、それは健全なバランス感覚の表れと言っていいのだろうか? ちなみに以下の引用は、Marshall, Donald S, and Robert C. Suggus. eds. Human Sexual Behavior: Variations in the Ethnographic Spectrum. New York: Basic, 1971.から編者によるエピローグの要約である。
…法制度、あるいは社会道徳という形で成立している性の偽善性は、それなりの社会的経済的諸力がその背後にあってそれを成立せしめているのだから、その現実を無視して、性に対する社会的統制の枠を取り払ってしまうことは、社会の基礎的構造を不用意に変更することになりかねない…
性革命の表面的現象だけを見ていると、何やら性的好奇心をかきたてられるだけだが、それを社会全体のパースペクティブのなかで、かつ歴史の流れの中でとらえてみたときに、その結果として何が招来されるか、実は誰にもまだよくわかっていない社会・文化的大変動が現に進行しつつあるのだという大変な問題に気がつくのである。(p.268)
posted by ta at 20:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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