2009年01月13日

Zuckert, Truth about Leo Strauss(2)

Zuckert, Truth about Leo Strauss(2)

Chapter One: The Return of the Ancients: An Overview of the Straussian Project (pp.26-57)

第1章は、「古代人への回帰」として表現されるシュトラウスの哲学的プロジェクトを概観する。以下に注目すべき点をまとめておこう。
(引用部分について『自然権と歴史』はNRH、『僭主政治について』はOTと略し、ページはどちらも原書のそれである。)

【シュトラウスにおける(古代)哲学の本質】(pp. 36ff.)
まず、シュトラウスがマイモニデスとその師アル=ファーラービーへの回帰において注目したのは、教科書的な、そのアリストテレス解釈ではなく、プラトン解釈であった。すなわち、ファーラービーはプラトンのソクラテスに、アリストテレス的宇宙論や神的啓示にも依拠する必要のない生き方としての哲学本性的に最善であるような人間的生の唯一の形式としての哲学を見出していたのである。しかし、中世哲学への回帰は大変な困難を伴う。その最たるものが、いわゆる「忘れられた著述」の技法、すなわちエソテリシズム(秘教主義)である。そもそも、これらの哲学者が、哲学を預言者の思想の正当化にのみ用いたならば、このような特殊な技法を必要とはしなかったであろう。しかし、それは単に宗教的迫害を逃れるためだけに必要とされたわけでもなかった。一つは、既存の共同体的道徳に対して哲学的探求が本性的に持ちうる破壊的作用への配慮のためであり、もう一つは、潜在的哲学者に対するに教育的効果のためである。この内、前者からは、哲学者が政治的支配を欲し、「高貴な嘘」を用いて世論を操作しようとする哲人王当地は導き出しえないことを指摘しておくことは重要である。少なくとも、シュトラウスによれば、哲学者(愛知者)は最善の生の様式たる哲学的探求を捨て、政治的支配を欲することはないし、その時間的余裕すらなかった。(その意味で、哲学者の集団的利益は、まさしく「放っておかれる」ことである。NHR, p.143)また、(ソクラテス的)哲学は、生き方そのもの、知への探求それ自体であり、そしてまたせいぜいが「根源的かつ包括的な諸問題への自覚」(OT, p.196)でしかありえないゆえに、いかなるドクマティズムとも無縁であった(ソクラテスはただ自らが何も知らないことを知るのみである)。

【哲学者と支配との関係としての哲学的政治】(pp.49ff.)
もうひとつ特記しておくべきは、哲学者の政治的なものへの関わり方である。そもそもソクラテスがそれ以前の哲学者と区別されるのは、人が何よりもまず社会的・政治的存在である、という自己知をもつからであり、この自覚が彼を最初の政治哲学者にする。しかし、彼は既存の社会的・政治的秩序を自らの哲学的探求のための単なる必要条件や手段として捉えているわけではない。むしろ、ソクラテスは非哲学者に配慮し、哲学的活動にとっては最善であるような最大限の自由を許容する民主主義を最善体制とは見なさない。そして、哲学者は、最も哲学の可能性を左右する政治的共同体とその維持に必要な道徳規範を尊重する。だが、先述のように、哲学者は(一から創造することのできる言論上のポリスではなく)既存のポリスにおいては自ら支配を欲することはないし、その義務感を感じることもなければ、ほとんどの市民が彼を歯牙にもかけないために外部から強制されることもない。しかし、支配を欲しないからといって、愛国心から哲学者が公的活動を行うべきではないとする理由もない(現にソクラテスは、市民と積極的に交わり、志願して戦地にも赴いている)。哲学が孕むその破壊的作用から、哲学者は、ポリスとその支配者に働きかけて、自らの大義を擁護しなければならない(哲学的政治)。しかし、哲学的政治と支配への参加の間には「必然的な関係は一切存在しないのである」(OT, p.205)。

【シュトラウスのアリストテレス主義】(pp.54ff.)
ここまでで述べられたのは、われわれが通常使う意味での政治哲学ではない。シュトラウスが主張するのは、政治を基礎付けるための哲学ではなく、哲学を擁護するための政治なのである。では、前者の意味での政治哲学がシュトラウスにはなかったのかといえば、そうではない。まず、シュトラウスは(哲学的政治を離れても)現存のリベラル[立憲的]民主主義を否定することはない。ただし、彼はそれをホッブズやロックなど近代政治思想によってではなく、古典的政治学によって擁護するのである。より正確には、政治学についてのアリストテレス的理解によってである。古典的政治学の美点とは、ホッブズなどとは異なり、自然科学を道徳・政治哲学の基礎付けとして必要としない(理論と実践の分離)ところにある。人間は目的論的に行為する。そして、その自覚は適切な手段の選択にあたって人間を賢明にする。まさしく、この賢慮(prudence)の徳こそがいかなる理論的裏付けを必要としない実践哲学における根本原理なのである。このことは、彼が個々の政治的指導者の役割を重要視したことにも表れている(彼はある書簡でチャーチルの実践知を称揚している)。したがって、彼の(通常の意味での)政治哲学における最大の目的は、この賢慮に基づく政治的実践を、彼の時代において、諸々の誤った理論的基礎付けから擁護することにあった。言うまでもなく、それらは実証主義、歴史主義(実存主義)、相対主義である。シュトラウスにとっては、これらは近代啓蒙[合理]主義の成れの果てに映った。近代合理主義に対する自信は、ニーチェによって無残にも打ち砕かれた。ハイデガーはその危機に応答しようとしたが、結局彼が生み出したものは政治の固有の領域を軽視した存在論的形而上学でしかなかったのである。(したがって、シュトラウスの一連の政治哲学的主張は、主著『自然権と歴史』は言うまでもなく、真っ先に彼らに矛先が向けられていることを忘れてはならない)

これらのザッカート夫妻の説明に対し、以下の二つの点を指摘しておきたい。
第一に、哲学者の実践的役割についてである。哲学者の集団的利益は放っておかれることであり、したがって僭主政治のもとでは、彼らは地下に潜るか、他国へ逃げ出すか、という政治に対して極めて消極的な選択肢をまず尊重する。これを現代の文脈にあてはめて些か極端な話をするならば、哲学者の集団からは革命運動や地下抵抗組織が生まれる可能性はほとんどないということになる。しかし、これは明らかに現代人が好ましいと思うような知識人像ではないであろう。
第二に、上記の点と関係するが、夫妻の解釈に従えば、哲学についてのソクラテス的理解と政治学についてのアリストテレス的理解の結びつきは消去法的なものに過ぎないということになる(ただ、裏を返せば、哲学の政治に対する自制を考慮することで、他の選択肢も在りうるということが言える)。そして、何よりも実践的・倫理的意味を持つべき自然的正が、実際にはなんら正当な役割を果たすことができないということになるのではなかろうか(ただ、そもそもの批判が誰に向けられたものなのかを考慮すれば、かろうじて別の考えようもできるように思えるが…)。
posted by ta at 09:18| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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