2009年02月09日

古典の亡霊

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200902070091.html

世界的な金融危機を受けて、古典的思想家に熱い眼差しが向けられている。近現代の経済思想にとどまらず、スミスの『道徳感情論』やヴェーバーの『プロ倫』などももてはやされているそうだ。過去の偉大な知見に社会が関心を持つことは悦ばしいことである。ただ、このような古典はある意味、亡霊でしかない。亡霊は、人びとの心が恐慌状態になったときにだけ現れる。それと同じで、われわれは今、未曾有の経済恐慌の真っ只中にいる。そんな時、古典の亡霊は現れやすい。放埓に走った人々に、ストア的自制を訴えかける亡霊だ。しかし実際には、喉もと過ぎればなんとやら、である。だから所詮は亡霊である。プラトンやアリストテレスなどの古代の思想家は、そのことを知悉していて、個人の徳の修養には教育が不可欠だと説いた。それが破綻したと思われたときに、近代思想は市場を始め様々な制度を創り出したのである。しかし今、その制度がいかに脆いものであったかを目の当たりにしている。徳か制度か、古くて新しい問題ではあるが、決して答えを見いだせるものでもない。その間でわれわれは呻吟し続けるだけである。
posted by ta at 19:15| Comment(0) | TrackBack(0) | たわごと一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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