2009年02月18日

田中『ソクラテス』/中野『ソクラテス』/保坂『ソクラテスはなぜ裁かれたか』

田中美知太郎(1957)『ソクラテス』岩波新書
中野幸次(1967)『ソクラテス (Century Books 人と思想 3)』清水書院
保坂幸博(1993)『ソクラテスはなぜ裁かれたか』講談社現代新書


ソクラテスの生と死に関わるものについて簡単なものを三冊。まず、田中のスタンダードな入門書から。常識的な解釈と思えるが、やはりプラトン的イデアのイメージが強いためであろうか、本書で論じられているような、愛智もしくは探求としての哲学、人々のドクサに対するいわば創造的破壊といったソクラテスの営みは現代ではほとんど看過されているように思える。

* ソクラテスは、一面において、エウリピデスと同じような、一個の読書家であって、更にまた気に入った言葉があれば、それを抜書きするようなことまでしていたわけなのであるが、他面においては、読書というものを、言わば教室の演習の如く、教育的にも利用していたということになる。/ソクラテスは単なる実践家ではない。アリストパネスが、かれを「プロンチステーリオン」(思索所)の主人に選ぶことができたのも、かれにこのような読書家の一面があったからであろう。(p.65)

* …自分が何かをくわしく論述する場合には、誰でも承認できる事実を通して、論旨を進めていくのが常であった。それはこれが議論として、最も危険のない着実な方法であると信じていたからである。それだからこそ、…かれの議論が、誰のよりも、聴き手の賛同を博したのである。(クセノポンの言、p.71)

* ギリシア人が神々やダイモンと共に住んでいたのは、われわれがわれわれの言行や意識を、コンプレックスやリビドで説明したり、あるいは社会の構造や階級対立の関係によって、決定されると考えたりするのと、あまり違ってはいなかったのである。そしてわれわれの方が、どれだけ賢明であるかということも、すくなからず疑問であるように思える。われわれの存在は、われわれが意識し、言行に現わしているものよりも、もっと深いところから成立している。だから、われわれの意識的生活は、いつも思いがけぬ仕方で中断され、その統一性を失う危険にさらされている。われわれはこの不安を、意識的生活の立場で解決するために、神話的な説明を工夫し、これを今は科学的な感じの言葉に言い直したりしているが、われわれの存在は、それらの説明よりも、もっと深いものではないかと思う。われわれがソクラテスのダイモンにおいて、ふと感ずるのも、何か存在のそういう深さであり、そういうところからの呼びかけのようなものなのではないだろうか。(p.106)

* ソクラテスの生活は、恐るべき束縛と制限の下にあったと言わねばならない。しかしそれらの束縛は、かれ自身の必然に属し、それらの束縛が、かれ自身だったのである。そしてそのことによって、かれはまた真の自由をもっていたとも言われるであろう。…われわれは…これ[必然の拘束]を、…絶対的な他者に帰し、これを他者にゆだねるところに、われわれ自身の安心を見出すことができるかも知れない。(p.118)

* 「金銭をどれほどつんでも、そこからすぐれた精神が生まれて来るわけではなく、金銭その他のものが、人間のために善いものとなるのは、精神のすぐれていることによる」という言葉は、「金銭から徳が生ずるのではなくて、徳から金銭その他の善きものが生ずる」という風に誤訳されることがあるが、これこそ低俗の精神主義というものであろう。…かれの言おうとしていたことは、金銭や名誉は、必ずしも人を幸福にするものではない。それらが人間の幸福に役立ちうるためには、何かすぐれた精神を必要とするだけのことなのである。(p.159)

* …ソクラテスのいう無智は、何も知らない、全くの無の知というようなものではなくて、かえって何でもないものを、何かであると思い、大切なことを、何でもないと考える、一種の思い違いであり、間違った信念の如きものであると言うことができるであろう。/従ってまた、智を愛し求めるということも、漫然たる知識欲のことではなくて、自他における、このような無智との戦いであり、その間から、正しい評価を回復しようとする努力であると言わねばならない。/…智を神にのみ認めたかれは、人間には、ただ愛智のみを許した。…愛智としての哲学は、ソクラテスに課せられた神聖な義務であると共に、そこにひらかれた途は、人間一般にとっての、最高のよろこびを与えるものなのであった。哲学とは、徳その他について談論によって、たえず自他を吟味することに外ならなかった。(p.170-171)

* いわゆる理論などというものは、ソクラテスのいう最も大切なものを忘れているのに、あらゆることを解決し得るかのように自負している点で、無智の最大なるものと呼ばれるであろう。最良の理論は、われわれの無智についての、自覚と反省から生まれて来るものでなければならない。神のみが智なのであって、人間に許されているのは、むしろ愛智なのである。われわれは自他の言行を吟味しながら、何かそれらを根本において支配しているものが、いつわりの善を信ずる恐るべき無智ではないかと、絶えず目をさましていなければならない。ソクラテスの問答は、このような目的のためになされるのであって、単なる概念定義のためになされているのではない。(p.179)

* …ソクラテスの経験では、最小限度の政治的接触においても正義をつらぬくということは、つねに生命の危険を覚悟しなければならないことなのであった。…正義を守り、あるいは正義のために戦うのには、少しでも生き永らえて戦うためには、できるだけ政治を回避しなければならぬというのが、のこされた唯一の可能性である。/しかしながら、ソクラテスの哲学は、人々への呼びかけであり、本来において政治的であったものが、ダイモンの禁止によって、哲学へ屈折させられたようなものなのであるから、政治を回避するということは、やはり矛盾であった。(p.208-209)

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次も入門書であるが、全編にわたって筆者の「死命の思想」というテーマが貫かれているので、純粋な入門書ともいえない。(まあ、純粋な入門書なるものがこの世にあればの話だが…)

* [『クリトン』での国法との対話を引いて、]これがソクラテスのアテナイを去らない一つの理由であった。その意味でかれは、魂の不滅という、ペリクレスとは違った視角をもっていたにせよ、アテナイの民主政治を、まっこうから否定するものではない。むしろ祖国を愛し、その愛がたんなる感情的なものではなく、アテナイの誇る自由と平等への理念の愛着をふくんでいたといえよう。(p.50): 一般に流布しているような「悪法も法なり」ということではないのだろう。また、祖国を愛するといってもその姿勢は決して妄信的なそれではない。だからと言って、アテナイの自由と平等への愛着も過度に強調することもできない。もちろん、他者の内面をゆさぶる究極のイロニーをその死に求めることもできるだろう。けれども、やはり、祖国によって産み落とされ、七〇の高齢になるまで養い育てられた人間の「責任」の二文字をソクラテスの最期に見てみたい。

* ほんとうに生命を軽いと思える人間は、幸せの望みをたたれ苦悩のなかにあえぐもののなかにはいない。運命の逆転の恐れるもの、逆転によってこの世の幸せが大きくゆらぐ恐れをもつ場合にのみ、人は生命の危険を忘れることができる。人の世の幸せとは、死すべきときには、死にふさわしい至高のいわれをもつことである。そうして、悲しむべきときには、なによりも貴いなげきをもつことである。(p.54-55): 京大の某教授が狂喜しそうな死生観である。ただ、ポリス的エートスとしてはいいだろうか、ソクラテスにまでこれをあてはめるのはいかがなものか。

* ギリシア人がソクラテスをことさらに奇異に思うのは自然であった。ソクラテスの顔は美男子でないにもかかわらず、かれの魂は美しかったからである。ギリシア人にとって、美しい魂は美しい肉体につつまれていなければならなかった。ニーチェによれば、ソクラテスは「醜かった最初のヘラス人」であった。かれの考えによれば、「醜さはそれ自身」ひとつの「反抗」である。それはギリシア人の間にあってはむしろ「否定」である。その意味でソクラテスは、最初の現代人、すなわちデカダンであったといえよう。/ニーチェの解釈は鋭い。顔の評価から現代をのぞかせる。反抗はみずからの意思によって顔を醜くし、たんなる調和の美を否定しようとする。(p.81): ソクラテスのイロニーというのも、注意して用いなければ、なかなか危うい概念である。ソクラテスのような節制を弁えた人だからこそ、というべきなのだろう。ただ、「天性の醜さが魂の醜さを作るものではない」というのは現代ではもはや通用しないのかもしれない。

* プラトン哲学の生命は、「書かれない哲学」としての詩と、断定しない探求の可能性をいつも残している点で、まさに「哲学の未来像」を先取りしていた。/だからこそ、プラトニズムとなって、イデアリスムス(理想主義)の典型を、われわれはいまだに啓示できるのである。(p.155): 「書かれない哲学」とイデアリスムスの典型は、果たして両立するものなのだろうか? なんとなく著者が折衷的に解釈しているように思えてしかたない。

* …ソクラテスが思想をもつことは、…死の運命にあえて突入することであろう。/したがって、この意味では、だれでも思想をもてるわけではない。しかしそれは死の危険にさらされるからだとすれば、その危険にさらすものとはなにであり、だれであるかは問題である。それとも、思想とは、その時代の特定の人にしかわからず、したがって敵を作り、究極的には歴史の眼にしか判断を下せないものであろうか。もしそうなら、思想家はいつの時代でも、悲劇的生涯をたどる、といわなければならない。それはおかしなことである。人類はそれほど無知ではあるまい。しかし、ソクラテスの思想が、二千数百年をへた今日でも、われわれの胸中をえぐり精神をゆすぶるのは、その証拠ともいえよう。(p.165-166): なかなか難しい問題である。「民主主義の擁護者は、民主主義の太鼓持ちであってはならない」が、それが思想家の単なる独りよがりであるかどうかも、厳しく見極めなければならない。

* ソクラテスの一回的運命の自覚は、かれの生涯にしかれた直線のレールのようなものであった。カントが地上の道徳律と天空の星を美しいと直観したときのように、あるいはデカルトがコギトの理論「われ思う、ゆえにわれあり」を発見したときのように、「なんじ自身を知れ」はソクラテスの全身をつらぬいたであろう。それからのソクラテスの道は死のゴールへと一直線に走るようである。(p.169)

* ソクラテスは思いつきで、あきらめをもって、情感に流されながら、死を抱擁したのではない。全生涯を賭して、生を死の準備としながら、全行動とすべての言葉を、選出しつつあったのである。死は身近にあり、いかなる人生も死の幕に閉ざされるからといっても、生を死に転換させること以上の決意はない。ソクラテスの哲学と人生は、「死の先取型の規範」であった。それはけっして自殺ではなかったのである。(p.188-189): これが著者の言う「死命の思想」であるが、ソクラテスの思想をこのように実存主義的に捉えてしまうと、誤解を招く恐れがある。死の先取りはなにも偉大な哲学者のみに許されているものではない。しかし、だからといって、それを自覚する全員がソクラテスのような「無知の知」という究極的な自己知を持ち、敬虔によって支えられ、他者に対する使命感に満ちた生を送るわけではないだろう。死の先取りは、ソクラテスの思想にとって必ずしも本質的な部分を形成するわけではないのである。

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果たして、古代ギリシアにおける哲学は宗教との本質的断絶によって生まれてきたものなのであろうか? 最後の本は、ソクラテス裁判を通じて、哲学・ロゴスに支配された古代ギリシア観を宗教的・人類学的視点から捉えなおす試みである。一昔前に流行ったような記憶があるが、先の二冊にもあったように、哲学者ソクラテスに宗教的・神秘主義的本質を認めるのはもはや常識の範疇である。むしろ、このことは哲学がそれ自体で根拠を発見することの難しさをおのずから語るのかもしれない。そしてまた、古代・中世キリスト教が、新プラトン主義、アリストテレス主義を宗教的に脱色せねばならなかった理由もここにあるだろう。われわれが現代において見る古代哲学者の姿はいくぶん歪曲された形でしかないのである。

* …人類が歴史上のある時点で約束事を取り交わしたといっても、そのような取り交わしの集会が、いつどこで行われたかを、だれ一人証言するものはない。つまりそれはなるほど宗教的仮説を追い払うことには成功したかもしれない。が、新たに、別の架空の話を、しかも宗教的なものと比べてはるかに幼稚な仮説を法律の起源としてもちだすという、きわめて皮肉な結果に終わったのであった。/この事情は社会契約説以外のどんな節にも共通しているように思われる。合理主義はいかなる説明を持ち出しても、法律的権威の最終的な根拠を提供することができていない。それどころか、多くの場合、合理主義は、悪くすると、単なる言葉のすり替えであり、同義反復的な言葉の遊戯をして、人間が自己満足をしているのだと、揶揄されかねない状況である。(p.72)

* テミスという言葉はあいかわらずあった。しかし、その言葉の、紀元前五世紀における用例を見ると、テミスという言葉の…意味は、ただ単に「…するのが慣習である」という意味であった。テミスは「慣習」、「慣例」の意味の普通名詞に用いられているのである。/先史時代に規範の意味を示した「掟」や「しきたり」の宗教的性格が失われて至極平板な意味合いで、社会に通例の「慣行」、「慣習」の意味に変わったのである。/「掟の神」テミスは消えてしまったのである。(p.113-114): ここに先のハイニマンの著作にあったような、ピュシスとノモスの価値転倒を見ることも可能だろう。

* ソクラテスをそれ以前の哲学から切り離して、ソクラテスから新たな人間的な段階が始まったとする解釈の中には、おそらく、キリスト教的なヒューマニズムが介入しているのではないだろうか。…事実、プラトンやソクラテスを、古代ギリシアのいっそう古い時代の宗教状況と結びつけるのは、キリスト教にとって、きわめて危険な試みである。(p.167): 依然傾聴に値する指摘である。

F・M・コーンフォード(廣川洋一訳)(1966, 87)『宗教から哲学へ: ヨーロッパ的思惟の起源の研究(1912)』東海大学出版会
Harrison, Jane E. Prolegomena to the Study of Greek Religion. 3rd ed. Cambridge: Cambridge UP, 1922.

* …西洋の哲学史がこのように重要視してきたプラトンのイデア説は、決してプラトン自身にとって思想の中心課題であったと見ることができない。それは、どちらかといえばプラトンの思想が生み出した副産物とよぶのがふさわしいものである。…その証拠として、プラトンの著作の中に「イデア論」を中心テーマとして据えた著作は一つもないということを挙げておこう。(p.178): この著者の見解は、言うまでもなく、後生の人間がプラトンをあまりにも形而上学的に捉えたことに対する警句である。ニーチェやハイデガーはむしろプラトンの亡霊を批判していたといえるのかもしれない。

* …プラトンが描いているソクラテスの合理性は、背後に非合理的なものや非論理的なものを重ねもっている。ソクラテスは議論に結論を求めたことがなかった。ソクラテスが追求したものは、決して、論理的整合性でなかったのである。/プラトンが描いた対話篇の中でソクラテスは「自分はいわゆる人間理性によって発言しているのではない。むしろ、なにか神霊のような、自分ではないある高い存在が、自分をつき動かしているのだ」という趣旨のことを再三語っている。(p.199): われわれは哲学者ソクラテス像を見過ぎてしまっている。その意味では、近代合理主義はわれわれの視野を広げるものではなく、かえって狭めてしまっているのである。
posted by ta at 22:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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