2009年04月07日

富沢「レオ・シュトラウスと近代性の危機」ほか2編

富沢克(1987)「レオ・シュトラウスと近代性の危機―自由主義的理性批判序説(1)」『同志社法学』39(3・4): 389-432.

自由主義の枠組みそのものをディコンストラクトしつつ、現在の自由主義に新たな〈魂〉を吹き込む、そのようなウルトラCがいかにして可能なのか。本論文は、そういった試みのほんの一端を近代批判の下に概観するものである。古いものだが、読み進めていくうちに、自分のテクスト読解の甘さを露呈する箇所がちらほら。ただ、著者の解釈については少し不満が残る。先の添谷論文から、われわれはシュトラウスが近代の以前でも以後でもなく、その「外」に解決策を求めた、ということを知った。富沢もシュトラウスに「近代の枠組みそのものを問い直そうとするモチーフ」(強調は原文どおり、p.398)を読み取っており、一見すると立場の相違は無いように見える。フッサールの「生活世界」についての指摘(p.401)や歴史を貫く「同一の基本問題」への言及(p.413)があったのち、問い直しの意義を「二者択一的視点からの脱出路を求めてのこと」(p.431)と特徴づけていることも、その立場を裏付けるだろう。しかし、残念ながらそのような意義が十分に汲み取られているとは言いがたい。その結果が、現代の〈古代人‐近代人〉論争における基本的なジレンマについて「シュトラウス自身が…踏み込んだ議論を展開していない」(p.427-428)とする認識である。古代の自然的正のあり方が、「自然法」の名の下に十把一絡げにされているのもそのコロラリーであると言えよう。結局、ハイデガーと同じく、富沢にとっても(というよりはほとんどの人びとにとって)「いかなる形態のものであれおしなべて自然法の主張は形而上学への回帰以外のなにものでもな」(p.417)いということなのであろう。ただ、シュトラウスにとってもこれは歴史的に自明であるといえば、奇妙に思われるだろうか。フッサール現象学の薫陶を受け、ハイデガーを今世紀最大の哲学者の一人として賞賛しておきながら、そのことを認識できていなかったというのも多分におかしな話ではなかろうか。以前のエントリでも、そのヒントが古代の自然的正における特殊な存在論的理解にあることを示した。自然法[自然的正]の復権を説きながら、『自然権と歴史』においてはトマス主義にわずか二頁しか割いていない。それは、トマス主義から、プラトンやキケロ、アリストテレスに見られた躊躇と曖昧さが一切取り除かれてしまっているからであろう。(NRH, p.163-164) シュトラウスにとっては、世界の彼岸における絶対化も、此岸における絶対化も選択肢とはなりえない。唯一可能な形は、此岸にあるわれわれが、彼岸的な「全体」を志向するという関係である。しかし、これを支えるのはエロス、つまり哲学的基礎付けという資格でのエロスだけである(今の時代では、いかなる絶対的な教義も信念以上の資格を持ちえないが)。これは哲学の営みを支えるには十分であるもののそれ自体としては頼りなく、シュトラウスにとっては究極的なジレンマといえよう。そして、これは憶測の域を出ないが、そのようなジレンマこそが、その主張を耳にするわれわれに「いささかアブノーマルなまで」(p.419)の印象を与えてしまうのかもしれない。〈古代人‐近代人〉という理念型的な枠組み(もしくは、目的論的コスモロジーか機械論的コスモロジーか)で議論を行うかぎり、彼の言説は基本的に制約を受けざるをえないからである。

あと、ワイマールの最大の病理はシュトラウスが主張するような寛容ではなく、それに対する敵対者の偏狭であるというような議論を見たことがあるが、彼が「絶対的な寛容は絶対的に不可能である」(p.422)と説いたのは、そのような偏狭、つまり安易な外的選好(人種差別)を許してしまう寛容こそ決して存続しえないという意味ではなかっただろうか。ならば、偏狭が必ずしも寛容に対立するわけではなく、寛容そのものが偏狭を生み出してしまうこともありうるということになる。

同(1990)「〈古代人‐近代人論争〉への一視点―リュック・フェリ『政治哲学』第一巻を読む」『同志社法学』42(1): 257-282.

先の論文でも引用されていた著作。フェリのシュトラウスへの関心は、富沢の言葉を使えば「近代性に対する政治的批判のいわば純粋型」にあり、これを「『媒介』にしてはじめて現代におけるデモクラシー的価値を再構築する可能性がえられる」(p.260-261)という。「純粋型」と呼ぶところに、その思想の内実を無視し、古代人という理念型に押し込めてしまおうとする姿勢が見てとれる。よって、フェリには近代の「外」という観点は端から問題にならない。さらに、メタ政治的批判であるという点についても一定の留保が必要であろう。シュトラウスのコスモロジーから引き出されるのは、政治そのもののあり方ではなく、むしろ、政治に対する哲学の関わり方である。したがって、政治的側面に対する批判である「古代ギリシャの〈自然〉観からして、そこでの政治はいわば存在論的に反デモクラチック」(強調は原文どおり、p.275)とするのは拙速であろう。哲人王=神が此岸の人間にとって失われた最後の環であること(フェリはこの点を「神秘性」として的確に捉えている、p.273-274)で、いかほどの存在論的確信をもってしても「全体」の知についての優越を主張することはできない。哲学者であっても無知の知と観想的生における探求において、ある程度限界を越えうるのみであり、かえってそのことで都市と対立し自らの命を危険にさらす。

フェリの批判で最も説得力があり、かつ正当と認めざるをえないのは、シュトラウスによる近代思想全体の「還元論的」(p.279)な読み方の指摘である。シュトラウスは明らかに、近代全体を典型的歴史と捉えることで、富沢の言う「裏返しのヘーゲル主義」に陥ってしまっている。(ただ、シュトラウスのそれはいわゆる「メタ物語」に安住するためではなく、その信頼性を突き崩すためであるが) 人権(自然権)についての肯定的な言及が基本的になされえないのも、この歴史観の所以である。良くも悪くもシュトラウスの近代批判は、1920、30年代ドイツという特殊歴史的状況に縛られている。「第一の波」国家であるアメリカにおいて、シュトラウスの思想が半ば浮いていたのも、このことが原因であろう。ザッカートのようにピューリタニズムや古典的共和主義精神に訴えかけても、彼の歴史観が根底から救済されるわけでない。歴史主義を批判した人間が、歴史主義的誤謬に陥っているというのは皮肉であろう。ただ、古代人と近代人を時代的区分的(通時的)に捉えようとも、フェリのように理念型として構造対立的(共時的)にとらえようとも、近代の「外」という視点が生じえないことはもう一度確認しておきたい。

同(1998)「ポストモダン・リベラリズムの可能性―一つの粗描」『同志社法学』49(3): 167-194.

本論にあっては、シュトラウスの思想は近代以降のリベラリズムをめぐるディスクールへの導入として位置付けられるだけである。ただ、先の論文では見られなかった、政治哲学における、機能の側面に言及されていること(p.171)だけは付け加えておこう。議論全体の特徴は、以下のような著者自身の言葉に集約されよう。「政治思想のポストモダン的形態は時間的にせよ空間的にせよ近代の『外』に出ようとする試みとしてよりも、後期近代の諸条件に内在しそうした諸条件の批判的吟味を断念しない態度として理解するのが適切である」(p.191) 先のフェリの議論もこれに準じる
posted by ta at 11:01| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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