2009年05月18日

Smith, Reading Leo Strauss. (2)

Smith, Reading Leo Strauss. (2)

Part Two: Athens
4. Leo Strauss’s Platonic Liberalism (pp.87-107)
5. Destruktion or Recovery?: On Strauss’s Critique of Heidegger (pp.108-130)
6. Tyranny Ancient and Modern (pp.131-155)
7. Strauss’s America (pp.156-183)
8. WWLSD; or, What Would Leo Strauss Do? (pp.184-201)

啓示の問題がエソテリシズムによってけりがつけられた後、議論は哲学の問題へと移行する。その目玉はなんと言っても、シュトラウスをソクラテス的な懐疑論者とする第四論文であろう。最初に問われるのは、反理想主義的な『国家』篇解釈だが、スミスによれば、「シュトラウスにとってメディア(伝達手段)がメッセージである」(p.90)。すなわち、彼は語られている内容以上に、語られている形式(対話)、その場面設定(対話の強制的性格)、登場人物の役割(ソクラテスがプラトンの唯一の代弁者ではない)などに関心を向ける。この解釈方法は一般普遍の原則の下で行われるのではなく、プラトンの各々の対話篇が存在の神秘的かつ複雑な多面性を説明する構成要素となっているという意味で「機会的(occasional)」とされる。シュトラウスが『国家』篇解釈によって呼び起こそうとするのは、キリスト教と近代の歴史意識によって覆い隠されてしまった臆見の世界(プラトンの洞窟)であり、哲学と都市(政治)の対立である。そこで読者は、両者の間を強引に架橋しようとする政治的理想主義の反自然性、つまり政治の限界を認識する。ただ、最も人びとを唖然とさせるのは根本問題としてのイデア論解釈であろう。スミスは、ソクラテスのディアレクティケーとともに、このようなイデア(もしくは存在)の非決定性からシュトラウスの懐疑主義的立場を引き出してくる。しかし、同時に何が永遠普遍の根本問題たるべきなのか(神学‐政治問題は間違いなくそのひとつであり、他には正義とは何かという問いが挙げられよう)、そしてハイデガーの存在理解を批判しつつ存在者たるわれわれが如何にして根本問題に接近しうるのか、という二つの問題点をも指摘する。[後者は上谷論文のテーマであった] プラトニック・リベラリズムとは一見形容矛盾のように思われるが、アリストテレスの混合政体と近代代議制の近似やソクラティック・メソッドの今日的用法[例えば、寺田俊郎(2001)「対話と真理―ソクラティック・ダイアローグの理論的前提」『待兼山論叢 哲学篇』35: 47-60.]など、近代以降の実践的生にとっても決して無縁な営みではない。

第五論文は、シュトラウスとハイデガーの思想的連関について。最初にフェリの議論が紹介されるが、先のエントリでも言及したように、彼の非難はシュトラウスの古代回帰がもたらす階級的コスモロジーの反リベラル、反民主主義的性格に向けられている。ただ、フェリの指摘にも関わらず、問題なのはシュトラウスがそのようなコスモロジーの影響を過小評価し過ぎているということにある。[したがって、適切な議論のあり方は、古典古代のコスモロジーを無批判的にシュトラウスの思想に帰すことではなく、そのような過小評価が果たして正当なものなのかどうかでなければならない。彼が自らの試みをあくまで暫定的かつ実験的と捉えた理由もここにある。例えば、『自然権と歴史』の序文において以下のように述べられている。
Now in this respect, which from Aristotle’s own point of view was the decisive one, the issue to have been decided in favor of the nonteleological conception of the universe... This means that people were forced to accept a fundamental, typically modern, dualism of a nonteleological natural science and a theological science of man. This is the position which the modern followers of Thomas Aquinas, among others, are forced to take, a position which presupposes a break with the comprehensive view of Aristotle as well as that of Thomas Aquinas himself. (NRH, p.8)
つまり、シュトラウスは自然的正の史的考察を始めるにあたって、機械論的(事実的)世界観と目的論的(価値的)人間観がいかにして両立しうるのかという難題を明確に見据えている] フェリの解釈において、もうひとつ問題となるのは、シュトラウスがハイデガーの形而上学批判をそのまま政治哲学に流用したという批判である。スミスからすれば、これも議論の本質を捉えそこなっている。なぜなら、シュトラウスはハイデガーが政治的生の固有性を度外視し、存在のゲームへと還元してしまったことを批判しているからである。人権概念の欠如という批判についても、シュトラウスの狙いがリベラル・デモクラシーそのものの否定ではなく、ワイマールの経験において示されたその深刻な危機(近代啓蒙への信頼の喪失)の指摘にあったことをまず理解しなければならない。その点では、というよりもその点でのみ、シュトラウスのハイデガー(ニーチェ)との共通点(ニヒリズムに対する危機意識とその克服)を見出すことができる。[もちろん、シュトラウスの古代回帰もそもそもがハイデガーに触発されたことを指摘しておかなければならない。ハイデガーが近代形而上学の伝統を破壊(Destruktion)し尽くしたことは、シュトラウスがその思惟にとって必要不可欠な出発点を回復(Recovery)するのに大いなる役割を果たした]

同論文では、先のエントリでも触れた啓示(政治)と哲学の対立について再度言及されている。啓示が第一義的に法的・政治的意味を持つのは、シュトラウスが啓示を政治的に絶対化し、回復せんがためではない。それは自然法(rightではなくlaw)とても同じことである。そもそも「預言者(啓示)[=立法者(政治)]=哲人王(自然法)」という発想は、彼の意図するところと完全に矛盾する。啓示と自然法の調和はキリスト教的(トマス的)伝統の産物であって、シュトラウスが回復しようとしている古典古代のあり方ではないからである。宗教の政治的起源とは、啓示が(少なくとも西洋では)法の典型的な基礎付けとして利用されてきたことを指す。近現代におけるその代表例は間違いなく合衆国憲法であろう。(無論、それはピューリタンの伝統に根付いたものだが) 身近な例で言えば、戦後日本が天皇制を維持することになった政治的理由を考えてみるとよい。シュトラウスが神学‐政治問題において説明するのはこれら全ての現象である。(ちなみに、J・グットマンはこのような律法の政治的解釈を断固として拒否した。『ユダヤ哲学』(合田正人訳、みすず書房、2000年)の428-429頁を参照。伝統主義者からすればシュトラウスは明らかに背信者である) 啓蒙以降の思想家が偽の神話を糾弾するのも結局は同様の対立に基づく。(靖国問題がなぜあれだけ騒がれなければならないかを考えてみるとよい) 政治(宗教)と哲学の対立は、近現代のライツ・トークにそのほとんどが覆い隠されてしまっているものの、その残滓は未だ十二分に窺うことができる。(このテーマは第七論文の冒頭付近で再び取り上げられる) シュトラウスの暫定的な処方箋は、啓示と哲学、世界の彼岸と此岸の間で中庸(臆見と真理の混じりあった生活世界たる自然の洞窟)を取り戻すことである。肝心なのは哲学者の身の処し方、「無知の知」という人知の限界を弁えた古典古代の哲学者の姿勢にある。そして、シュトラウスにとっての思想史研究と緻密なテクストの読解は、そのような姿勢を現代に甦らせる役割を果たす。

第六論文は、OTでのシュトラウスとコジェーヴの論争について。「哲学的政治」に一節が割かれ、またソクラテス的な懐疑論にも再び言及されている。そもそも、この論争において、哲学者が来るべき「普遍的で均質的な国家」のために権力者に阿ることを臆面も無く主張したのは、シュトラウスではなくコジェーヴの方であった。(ヘーゲル主義者である以上、むしろ当然と言うべきだろうが) その彼がフランスの戦後思想に多大な影響を与えたというのは、なんとも皮肉な話である。
By contrast Strauss regards the aim of philosophy as securing a certain “detachment” from the world... [The] alienation of the philosopher from the city is not a “tragedy” to be overcome, but the necessary condition for the existence of philosophy. “The conflict between philosophy and city,” Strauss writes in a deliberately provocative sentence, “is as little tragic as the death of Socrates.” (p.149)
第七論文では、表題どおりアメリカに対する姿勢について論じられる。スミスによれば、シュトラウスは『自然権と歴史』にエソテリックな技法を施すことで、注意深い読者の目をアメリカ建国精神の現実へと向けさせる。それは、ロックがプロパティ論を説いて近代リベラリズム(と資本主義)の基礎と為しえたのも、彼の先駆者たるホッブズ、さらにはマキアヴェッリが中世の自然法的伝統と断絶してくれていたおかげであって、その意味で、建国精神の真の代弁者はこの二人に他ならないという事実である。彼らから引き継いだラディカルな近代性のプロジェクトは公教的教義(リチャード・フッカーの引用)というオブラートに包まれ、「独立宣言」にあるような無垢で、半ば神秘的な文言へと昇華されていく。したがって、『自然権と歴史』に課された役目とはアメリカの読者に危機意識を喚起し、建国の理想への期待を少しでも取り戻させることにある、というのが通り一遍の理解であろう。しかし、スミスはこの理解に疑問を付す。むしろ、シュトラウス自身が典型的歴史という誤謬を犯すことで明らかにするのは、建国の理想が近代性の内側に止まり続けるかぎり幻想でしかなく、理想の確信は問題の解決ではなく問題そのものであるという事態である。ならば、彼が提示する治療法とは何であろうか。この問いに答えるのが最終論文である。ほとんど、これまでに論じられたテーマの繰り返しになるだろうが、一つは古典的なレジーム論によって示された確固たる立憲主義的枠組み(特に古典的な混合政体に近似する代議制)である。(スミスはこの点でシュトラウスを「術語が生み出される以前の制度論者(an institutionalist before the term was invented)」と呼んでいる) ただし、レジームは政治的制度のみならず、一国民の生活様式をも含意する。ここに数々の神話が一定の役割を果たす所以がある。ちなみに、このレジーム観はシュトラウスが抱く政治の優越性の観念(この点でシュミットやアレントに通じる)に結びついている。別言すれば、現代の多くの規範理論がそうであるように、実践的生を多少なりとも理論的生に従属させるのではなく、前者はそれ自体で固有の地位を有している。(そこに古典的なコスモロジーの役割を過小評価したシュトラウスの目論見、理論的生と実践的生の相互的独立、が存する) したがって、政治家の最上のテキストは、哲学書ではなく歴史書(戦史や自伝・評伝など)である。また、スミスによれば、制度論者としてのシュトラウスは国民の(国政への)直接参加や熟議などには否定的な態度を示す。(参加民主主義や討議デモクラシー) それは価値相対主義の今日的表現である(排他的な)多文化主義ついても同じである。あと、ジェントルマンの統治について、シュトラウスから唯一名指しで賞賛を受けた政治家がウィンストン・チャーチルであったことを指摘しておけば十分であろう。
posted by ta at 22:33| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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