2009年06月18日

ヴェーバー『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」』ほか

ヴェーバー(富永祐治・立野保男訳/折原浩補訳)(1998)『社会科学と社会政策にかかわる認識の「客観性」(1904)』岩波文庫
---(木本幸造監訳)(1980)『改訂版 社会学・経済学における「価値自由」の意味(1918)』日本評論社
---(尾高邦雄訳)(1936, 80)『職業としての学問(1919)』岩波文庫


これらを総合すると概ねこうなる。(特になんてことはないわけだが…)

価値自由

結局、価値自由自体の基礎付けが不可能であるがために、講演では凄みを利かして「日々の仕事(ザッヘ)に帰れ」としか語りえない。
(注・教壇上の予言に対して)このことからわれわれは、いたずらに待ちこがれているだけではなにごともなされないという教訓を引きだそう、そしてこうした態度を改めて、自分の仕事に就き、そして「日々の要求」に―人間関係のうえでもまた職業のうえでも―従おう。このことは、もし各人がそれぞれの人生をあやつっている守護神(ダイモン)をみいだしてそれに従うならば、容易にまた簡単におこなわれうるのである。(『学問』、p.74)
魔術から解放された近代合理主義が、その根底ではひとつの信仰によって支えられていることを忘れるべきではないだろう。ちなみに、「客観性論文」の折原解説は親切すぎるくらい親切。

ヴェーバー(清水幾太郎訳)(1972)『社会学の根本問題(1922)』岩波文庫

また図にしようと思ったが、面倒なのでやめた…。
キーワードは、方法論的個人主義と意味の主観性。
posted by ta at 22:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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