2009年07月03日

Zuckert, "Socratic Turn."

Zuckert, Catherine. "Socratic Turn." History of Political Thought. 25.2 (2004): 189-219.

「ソクラテス的転回」の議論として、ザッカートとマイアーの論文はうまい具合に相補っている。ソクラテスの哲学者から政治哲学者への転回は、(政治)社会に対峙する哲学者の自己知と自然概念の維持・継続という二つの主たる契機を経て実現される。マイアーの関心が前者の哲学的政治にあるならば、ザッカートは自然学から人間学へという従来説に関して修正を施す。(同じことはターレスにおける神話から哲学へという対照的な図式にも表われている。コーンフォードの『ソクラテス以前以後』『宗教から哲学へ』など) ただし、両方ともシュトラウスの刻印を色濃く帯びている。

ザッカートが素材とするのは、『パイドン』『饗宴』『弁明』におけるソクラテスの回顧的論述である。『パイドン』では自伝的に語られた「第二の航海」が取り上げられ、ソクラテスが、当初没頭した自然哲学(特にアナクサゴラス)から離脱していくモメントが再評価される。ソクラテスが思惟の対象を自然から人間(倫理)へと向け変えたように見えるのは、アルケーの探求において前者が「あるものがなぜそのようにあるのか」という存在論的問いを設定しえず、唯物論的な還元主義(「なぜ、どのように万物が発生しかつ消滅するのか」)を「全体」の説明にすり替えていたからである。そこでソクラテスはイデア論を持ち出し、思惟的なものと感覚的なもの、原因と結果(効果)を区別しえない(思惟による分節化がなされない)イオニア哲学のコスモロジーとそれに対するエレア派の批判の両方を論駁する。
Above all Socrates learned from his study of previous philosophy what the problem was --- how to account for the mixture of intelligible and sensible in the cosmos --- and where to look for an answer --- in the accounts human beings give of their experience of 'things,' including, pre-eminently, themselves. From the Phaedo we learn how Socrates' 'turn' to the 'human things,' i.e. speeches or logoi, and thus his speech, first and foremost, for 'self-knowledge,' arouse out of his critical studies of previous thinkers. (p.198)
しかし、ソクラテスはイデア論を「全体」を説明する確実不変の知識として維持していたわけではなく、あくまでそれを仮説にとどめ、彼以前の哲学者のように何らかのコスモロジーを構築したのではなかった。むしろ、それは感覚的なものと思惟的なものとの混淆たる人間の運命であった。このことをソクラテスに教示し、思惟的なものに至る唯一の道筋としてのエロスを示したのが、『饗宴』におけるディオティマとの対話である。
...what Socrates' account of what he learned about eros from Diotima and Alcibiades' description of Socrates' actions in the Symposium indicate is that if human eros or desire(s) for a good that transcends the limitations of our corporal existence is the link or 'place' where sensible and intelligible forms of existence come together, it is not possible to know anything about that linkage --- and, hence, about the character of the whole --- for certain. We cannot ever attain knowledge strictly speaking; we can only have true or false opinions for which we can give more or less adequate explanations or accounts (logoi). (p.210)
以上の二つの対話篇において示された「ソクラテス的転回」の意義は、残念ながらアテナイ市民が理解し許容しうるものではなかった。したがって、彼が唯一望みうるものは、自らの行為(生き方)において外面化された意義をもって聴衆に訴えかけることである。そこに、ザッカートが賞賛するソクラテスの言葉と行為の一致が存在する。
He not be able to show how the Good determines everything that happens in nature as well as in human affairs or to find anyone to teach him..., but he can demonstrate in person the impossibility of explaining why he remains in prison merely by giving an account of his bones and sinews and not taking account of the reasons the Athenians thought it best to condemn him and he thought it best to accept the punishment. The 'proof' of Socrates' 'strongest' logos is, finally, in his life and death. The 'knowledge' it generates is far from certain or indisputable. The conjunction of the speeches with the deeds or facts is, however, difficult simply to dismiss. (p.218-219)
したがって、本論におけるザッカートの意図は、ソクラテス的転回を経たソクラテスを従来のようなドグマティストではなく、生き方としての哲学を提示する知の探求者として捉えることにある。
posted by ta at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | シュトラウス文献 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。

この記事へのトラックバック
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。