2008年02月02日

『君主論』と『ディスコルシ』

マキァヴェッリ全集(筑摩書房)の第2巻『ディスコルシ』を読み始めた。訳者は「世界の名著」と同じ永井三明氏。まず、解説から読む。最初にタイトルについて。この書物のタイトルの訳語ほど、混乱するものはない。これまで出版されてきた訳書や研究書ごとにその呼び名が異なるからだ。原題はDiscorsi Sopra La Prima Deca Di Tito Livioで、直訳すると「ティトゥス・リウィウスの最初の十巻についての論考」となるが、これが初期の和訳では『ローマ(羅馬)史論』、「世界の名著」では『政略論』と題され、先に出てきた佐々木氏の本では『リウィウス論』と呼ばれていた。更にまた『論考』という呼称も存在する。永井氏によれば、イタリアでは既に16世紀からDiscorsiと略されるのが習慣になっており、英語でもそれに倣ってかThe Discoursesという呼称が一般的だ(手元にあるアンソロジーのタイトルもそうなっている)。そうなると、日本語では『論考』で良いのだろうが、例えば中国語名や韓国語名でも最近では漢字の音読みではなく、それぞれ固有の発音で呼ぶのが増えてきたように、イタリア語の発音に従って本書を呼ぶのも決して悪くはないのだろう。

それで、永井氏の解説では、以前にも少し触れた、『君主論(プリンチペと呼ぶほうがいいだろうか…)』と『ディスコルシ』の関係がテーマとなっている。それには大きく2通りの解釈ができるとされる。すなわち、@両者の間に質的差異を認め、マキァヴェッリの精神の中に、何らかの転向が(執筆時期の前後によってその内容は更に幾通りかに分かれるものの)おこったとする解釈。そして、A両者の間になんら本質的差異はなく、その思想は終始一貫しているとする解釈だ。それぞれについて、簡略に示しておく。

@(a) 通説的見解; 当時のイタリアの困難な状況を鑑み、古代ローマを範とした共和主義復権へのためらいから現実主義へと転向: 執筆時期は『ディスコルシ』第1巻16・17章ぐらいまで(〜1513年夏/『君主論』2章冒頭の記述から)⇒『君主論』(1513年秋〜14年1月/1513年12月10日付ヴェットーリあての書簡から)⇒『ディスコルシ』の残り(直後もしくは2,3年後〜)

@(b) H・バロン(独, 1900-1988: "civic humanism"を提唱したルネサンス思想史家)ほか; @(a)とは反対に、初期の現実主義的実証主義(君主主義)から人文主義による古典主義(共和主義)への転向: 執筆時期は『君主論』(1513年/体験行動的な叙述・2章冒頭の記述その他は1515年以後(献呈前)の加筆による)⇒『ディスコルシ』(1515年以降/より緻密な社会的歴史的分析・オリチェラーリ庭園への参加)

A F・ギルバート(米, 1905-1991: ルネサンス期を専門とする外交史家)(=永井氏); 両者のコントラストは外面的なもので、マキァヴェッリの思想の根底には人文主義が一貫している: 共和国時代の書記局(人文主義者の機関)採用→在職期間中の政治実務の多忙さ(→政治の現実・力の政治への一時的傾倒)→緊急な就職用論文としての『君主論』→『ディスコルシ』における(人文主義的でありながらも)実用性への重点→『フィレンツェ史』において典型的に現れる人文主義歴史記述、両著作に共通する古代/英雄崇拝・力(ライオン)とあざむき(狐)の使用・人間不信のペシミズム

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ちなみに、ググると次のようなページが見つかった。
ttp://sky.geocities.jp/forvir12/shippitu2/shippitu.2.htm

ここで言及されている、シャボーやサッソの説は@(a)に相当するのであろう。@(b)での1515年以降の「加筆」を「完成」と捉えるべきかどうかについては、ここでは特に問題にしない。あとはマイネッケとスキナーの解釈であるが、有力説となるにはちと力不足といったところか。

ちなみに、個人的にはギルバートの解釈(実証的には他より劣るが)に一票入れたい。ハイエクの集産主義の議論ではないが、表面に現れる対立が深層にある思想の一貫した核(?)のようなものの正確な反映とは必ずしも限らないからだ。
posted by ta at 00:57| Comment(0) | TrackBack(0) | 文献レヴュー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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