2010年03月14日

トヨタ・リコール問題

「恐怖の急加速」 米当局がレクサス買い取り調査 - MSN産経ニュース
2010.2.27 11:06

 米道路交通安全局(NHTSA)は26日、米下院公聴会で「恐怖の急加速」体験を証言したスミス夫妻がかつて所有していたトヨタ自動車の「レクサスES350」を現在の所有者から買い取り、調査すると発表した。

 スミスさんは2006年にこのレクサスを運転中、車が勝手に加速して時速160キロまで達したと涙ながらに証言。現所有者は走行距離3千マイルで購入し、現在は約3万マイルに達しているが、米メディアによると、大きなトラブルを起こしたことはないという。

 ラフード米運輸長官は「安全が最優先課題だ。NHTSAは突然の急加速の根本的な原因を突き止めるため、徹底的に調べる」と述べた。(共同)

http://sankei.jp.msn.com/economy/business/100227/biz1002271106006-n1.htm

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米教授 トヨタ・リコール問題で寄稿 「急加速原因は踏み間違い」
3月13日8時15分配信 フジサンケイ ビジネスアイ

 トヨタ自動車の大規模リコール(回収・無償修理)問題をめぐり、11日付の米紙ニューヨーク・タイムズは、事故や苦情が相次いで報告されている急加速の主な原因はブレーキとアクセルの踏み間違いとする心理学者の寄稿を掲載した。

 カリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉教授のリチャード・シュミット氏。1980年代、独「アウディ5000」の急加速が多発して大規模リコールとなった際に、調査に携わった。

 「当時も今と同様、急加速の事故は自動車事故の中では比較的まれだったが、メーカーや運転者、メディアを騒がせるには十分頻繁で危険だった」という。

 トヨタ車の急加速にからむ事故で2000年以降52人の死者が報告されているが、同氏は「問題は、突然の加速がブレーキを踏むつもりでアクセルを踏む運転者によって頻繁に起きることにある」と指摘した。原因には、電子系統の欠陥が疑われているが、同氏は、人間行動学や心理学の研究者の疑問として「人的要素」の存在を挙げる。

 運転者がアクセルをブレーキと踏み間違えた結果、加速に驚いてさらにアクセルを踏み込み、車はますます急加速して事故に至る−という仮説を紹介。「ノイズの多い神経筋プロセスの介入で、人が意図するのと少し違う行動を起こす」場合もあるという。

 米道路交通安全局(NHTSA)は89年、「アウディ5000」の急加速の主な原因は「ペダルの踏み間違い」と結論づけ、アウディは解決策として自動シフト・ロックを設計、他のメーカーに広がった。今回は、予防策としてブレーキがアクセルより優先される装置の搭載義務化が政府で検討されている。

 しかし、同氏は「運転手がブレーキに触れずにアクセルを踏む限り、役に立たない」と警告。同装置が普及しても急加速と事故が起き続ければ、そのときは運転者が非難されることになるとしている。(ワシントン 渡辺浩生)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100312-00000012-fsi-bus_all
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2009年06月15日

ネタニヤフ

"Netanyahu endorses Palestinian independence"
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/06/14/AR2009061400741.html

Erekat said Netanyahu's plan was unacceptable since it effectively imposes a solution on the core issues of the conflict.

"Netanyahu's speech closed the door to permanent status negotiations," he said. "We ask the world not to be fooled by his use of the term Palestinian state because he qualified it. He declared Jerusalem the capital of Israel, said refugees would not be negotiated and that settlements would remain."
速報で配信されてきたので何事かと思いきや、総論賛成、各論反対では、リップサービスにすらなっていない。たとえ気に食わなくとも、オバマの呼びかけを無下にはできないといったところか。
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2009年05月27日

意外や意外…でもないのか?

"California Supreme Court Upholds Same-Sex Marriage Ban"
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2009/05/26/AR2009052600363.html

保守系勢力もなかなかやるのね。そういえば、連邦最高裁判事に初のヒスパニック(系女性)が指名されたそうな。こちらはそれほど意外でもないけれど。

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Challengers to Proposition 8 contended that under the equal protection clause in the state's constitution, a majority of voters are not allowed to revoke equal rights intended for everybody.

Specifically, they argued, that kind of change is a "revision," not an "amendment." The distinction is important because revisions require two-thirds approval in the legislature and then a popular vote. Amendments can be approved by a popular vote only.

On Tuesday, the court held that Proposition 8 did not qualify as a revision. Among the reasons, the court noted that Proposition 8 does not -- with the limited exception of a "marriage designation" -- infringe on other aspects of a same-sex couple's constitutional right to establish an officially recognized and protected family relationship, or to equal protection of the laws.

The court also noted that there is no authority to support the claim that California voters cannot pass a measure that diminishes a state constitutional right, even if that right has been interpreted and applied in court. Previous amendments have done just that, the court noted.

ふーん…。
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2009年05月04日

「NHKスペシャル シリーズJAPANデビュー」

第二回「天皇と憲法」は至極教科書的で良かったのではないかと…。

騒動はまだまだ尾を引いているようで。

【検証】NHKスペシャル 台湾統治めぐり「一面的」
2009年5月3日(日)08:05
ttp://news.goo.ne.jp/article/sankei/entertainment/showbiz/m20090503017.html
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2009年02月09日

古典の亡霊

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200902070091.html

世界的な金融危機を受けて、古典的思想家に熱い眼差しが向けられている。近現代の経済思想にとどまらず、スミスの『道徳感情論』やヴェーバーの『プロ倫』などももてはやされているそうだ。過去の偉大な知見に社会が関心を持つことは悦ばしいことである。ただ、このような古典はある意味、亡霊でしかない。亡霊は、人びとの心が恐慌状態になったときにだけ現れる。それと同じで、われわれは今、未曾有の経済恐慌の真っ只中にいる。そんな時、古典の亡霊は現れやすい。放埓に走った人々に、ストア的自制を訴えかける亡霊だ。しかし実際には、喉もと過ぎればなんとやら、である。だから所詮は亡霊である。プラトンやアリストテレスなどの古代の思想家は、そのことを知悉していて、個人の徳の修養には教育が不可欠だと説いた。それが破綻したと思われたときに、近代思想は市場を始め様々な制度を創り出したのである。しかし今、その制度がいかに脆いものであったかを目の当たりにしている。徳か制度か、古くて新しい問題ではあるが、決して答えを見いだせるものでもない。その間でわれわれは呻吟し続けるだけである。
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2008年05月13日

マケインとハッカビー

爺ネタ。

http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/05/11/AR2008051101786.html

以前、CIA工作員の身元リーク問題で世間を騒がせた保守系コラムニスト、ロバート・ノバック氏のOp-edから。マケインと一部のラディカルな福音主義者の間に微妙な距離があることがわかった。いずれにせよ、あまり好かれているわけではないのね。ただ、

"Some U.S. Christians...regard the prospective presidency of Barack Obama in the nature of a biblical plague visited upon a sinful people."

とか、

"One experienced, credible activist in Christian politics...had embraced the concept that an Obama presidency might be what the American people deserve... the pain of an Obama presidency is in keeping with the Bible's prophecy."

なーんていうのを目にすると、ほんとにこういう連中にはついていけないな〜、と実感するw
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2008年04月18日

政治的なものと非政治的なもの

柔道のアテネ五輪金メダリスト、北京の開会式をボイコット
ttp://www.cnn.co.jp/sports/CNN200804160016.html

どうもこういう姿勢の裏に政治的なものと非政治的なものの極めて利己的かつ恣意的な線引きがなされているように思えて釈然としない。仮にドイツ政府が大会そのものをボイコットする事に決めたならば、この人はどのような理屈をこねてそれに反対しようとするのだろうか?
posted by ta at 07:20| Comment(0) | TrackBack(0) | たわごと一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月13日

うさんくささの利点

昨日の深夜、FMを聞いているとあるDJが面白い話をしていた。彼が言うには、競馬や競輪、パチンコ、果ては株式投資まで、もともと中年の小汚いオッサンがやるもの、とイメージがあった。また、路地裏の薄汚い居酒屋なんかは、彼らのためにあるようなもので、女子供を寄せ付けないそのむさ苦しさも味わいであり、古き良き路地裏社会であったという。しかし、現在ますますそのイメージが崩壊してきている。競馬や競輪などは若手人気タレント(SMAPの中居正広がJRAのイメージキャラクターに起用されていることなど)がその広報のために起用されていたり、旧来の小汚いイメージ(というと、オジ樣方に失礼だろうが・・・)を一新させて、気軽でおしゃれな遊びスポットという新たなイメージを作り出していると嘆くのだ。居酒屋についてもそうである、女性を対象としたおしゃれな空間創造を目標に、以前の薄暗い居酒屋風景が隅に追いやられてきている、と声を荒げた。

だからといって、利用者層拡大、収益向上を目指しての経営者・運営者側の商業戦略を否定することはできないだろう。むしろ、それは企業努力の賜物である。しかし、居酒屋はともかくとして、競馬競輪、投機的株式などは所詮はギャンブルである。「自分は大丈夫」なんて思っていると思わぬ躓きで大損をこいてしまうのもまた然りなのである。そうなると、「気軽でおしゃれな遊び」なんてことは言っていられなくなる。無論、そうならないように理性的な範囲で収めればよいのであるが、はたしてそう簡単にいくだろうか?投機的株式などは特にそうである。一般的な専業主婦がカリスマなどともてはやされる中、われもわれもと身銭をつぎ込む人々が市場に殺到している昨今のミニバブルを見ればなんとも不安になってくる。

そのDJはさらに次のように話していた。そういったギャンブルや投機的投資の失敗によって立ち行かなくなり一家離散を余儀なくされたり、ヤミ金の暴力的な取り立てを苦に無理心中したりすることは、昔からよくあったことで、そのようなギャンブルの負の側面がこのような明るく・清潔なイメージによって上塗りされ、人々の意識から遠ざけさせているのではないか。ましてや、今日では社会勉強だからといって、株式投資を小学生にまで教えている学校さえもある。ギャンブルはそれ相応のリスクがあり、うさんくさいものである。しかし、それはある意味警告なのだ、と彼は言う。女子どもが安易な気持ちで近づけば大けがをするぞ、だからやめとけよ、と言ってくれているようなものなのだ、と。無論、フェミニストや人権活動家からは当然問題視されそうな物言いではあるが、私はこの意見に一理あると感じる。本来うさんくさものを、臭いものにはふたをするようにイメージを刷新させ、そうでないように見せかけることこそ、その背景にうさんくさい意図を見いだしえないだろうか?それが企業資本主義であると言われれば、そうかも知れない。しかし、一度失敗してしまえば、自分の命に関わる結果にならないとも言い切れない性質のものなのであることも確かなのだ。現にバブル崩壊後はそうだったではないか。それ以前にも、株式投資に失敗して身の破滅を招いた人間の話など腐るほどあったはずだ。しかし、昨今の株式ブームではその肝心の部分もきれいさっぱり抜け落ちている。これは、果たして望ましい社会の方向性なのだろうか?それがそのDJの最後の問いかけであった。
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2005年04月10日

「自由」の第一義的効果

「自由」の第一義的効果は人間の情念への働きかけである。

汎ヨーロッパ・ピクニック - Wikipedia
NHKスペシャル「ヨーロッパ・ピクニック計画〜こうしてベルリンの壁は崩壊した〜」

ベルリンの壁崩壊直後、東側市民の西側への脱出、社会的ドグマ化した偏狭な「自由」の獲得を辛辣に皮肉った日本の保守知識人がいたが、頭で考えるよりも先に人間の情念に訴えかけてくるものを大切にしても罰は当らないのではないか。なぜか最近、情念の役割が軽んじられているような気がする。
posted by ta at 04:37| Comment(0) | TrackBack(0) | たわごと一般 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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