2010年02月11日

鈴木『日本語と外国語』

鈴木孝夫(1990)『日本語と外国語』岩波新書

外国語学習ではそれぞれの文化的背景を同時に学ばなければ、実践において時に致命的なミスを犯すことになる。こういったことは、「国際化」や「国際交流」などの風潮と相俟って、多くに人々にとっては既に常識だろう。(もちろん、今は猫も杓子も「グローバル」である。けれども、「地球〜」とか「グローバル〜」の語を冠した公的施設は、企業名を別として、なかなか見当たらない。確かに語呂は良くない気がするが。そういえば、「世界〜」というのも割合少ないように思える。) ただ、後半で展開される「漢字の知られざる働き」には学ぶところが多かった。「表音文字としての日本語」の限界(貧弱な音節構造と抽象的な意味構造)とそれを補う漢字の機能(音訓の二重読み)から、日本人の識字率の高さを説明できるというのはなかなか刺激的で、このような背景があるからこそ日本の英語教育は記述偏重になってしまうのではないか、と考えさせられる。とにかく、日本人は英語の発音が苦手だ。その点、多少おかしなイントネーションでも、(音素の種類と音節構造の単純さから)外国人が話す日本語は理解できてしまうので、なんとなく損をした気分になる(これは日本人の謙虚さと寛容さがなせる業なのかもしれないが)。
ことばというものは、出来上がり固形化した作品、ギリシャ語でのエルゴンとしての面をもちながら、同時に深いところでは絶えず認識対象に働きかけ、動的に新しくそれを掴みなおそうとする挑戦を止めない、一種の精神的な活動力(エネルゲイア)でもあるという側面を併せもつために、ある時は広く、ある時は狭くも使われるといったような、いわば伸縮自在の、末広がりで底なしに開いた構造をしていると考えられる。(p.62-63)
ことばをめぐる世代間闘争(?)が止むことがないのも、この性質のためであろう(このように言ってしまうと、その時代の単なる誤用にすぎないものが、なにかしら高尚な働きによるものと錯覚してしまうかも)。
…音声とは聴覚が利用する記号素材であって、当然のことながら、それは人間の耳の持つ弁別(識別)能力に左右される。ところが、耳は目に比べてはなはだしく性能の劣る感覚器官なので、あまり細かな情報の差異を区別することは難しい。(p.196)
本当に目(視覚)は功罪両方を併せ持つ。もちろん、包丁のようにそれ自体に悪気はないのだが、「百聞は一見に如かず」などという際にも、「だからこそ判断は慎重に」と一言付け加えたくなる。目というものがなければ、世界の差別の多くが姿を消すのではないか、そんなことも考えてしまう(もちろん、目だけではなく身体ひいては周りの環境の総体性を考慮に入れなければならないので、このような仮定はそもそも無意味である)。

蛇足だが、岩波にしては、本書の結論は保守派の喜びそうなものである。しかし、筆者の主張がイデオロギーや心情を排した、言語の機能的(機械的)側面に着目したものであることには注意が必要だろう。(p.35, 135)
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2010年02月08日

永井『西田幾多郎―〈絶対無〉とは何か』

永井均(2006)『西田幾多郎―〈絶対無〉とは何か (シリーズ・哲学のエッセンス)』NHK出版
知覚や知識において客観的(主客合一的)であることと、意志や行為において客観的(主客合一的)であることは、西田に反して、実は根本的に異なるのではあるまいか。後者においては、何が客観的であるかの判定は常に後からしか与えられない。釈迦やキリストの精神が客観的であるとされるのは「千歳の後」の観点からである。しかし、そのような観点を先取りすることは誰にもできない。凡人のふだんの行為でも、後の観点を先取りすることはできないという点は同じであろう。(p.22)

西田にとって、言葉は取り去るべき「人工的仮定」に過ぎない。(p.38)

人々が「赤の経験」という言語表現を通して、「ああ、あれね」と理解したときには、もう裏切られてしまうはずのことを、ここで西田は言おうとしているからだ。(pp.39-40)

述語となって主語とならないということは、言い換えれば、対象化されないということである。意識は対象化する場所であって、それ自体はどこまでも決して対象化されない。(p.69)
筆者の十八番。内態(筆者の議論を前にしてあまりに大雑把なタームで申し訳ないが)と外態の間の緊張関係は後者、すなわち言説(言葉)が、前者、すなわち行為に対して常に自己弁明的(自己言及的)に働く(より広い意味では、対象化する)という点に起因する。よって反哲学は、それ以前には有力な代弁者を常に宛がわれてきた言説(ロゴス)に対する、行為からの異議申し立て(反ロゴス)ということが出来る。
西田において、神は実在を超越した彼方にあるのではなく、主客を合一した実在の根底にある力が、すなわち神なのである。だから、われわれは、みな自分自身の根底に神を見ることができる。(p.23)

私が存在すると同時に存在しない(無である)のでもなければならないということは、だから私の理解では、何か悟りのごとき特別の境地を意味しているのではなく、単純にして卑近な(しかしあまり卑近すぎてめったに注目されない)事実を指している。(p.57, cf. p.79 ff.)
身体―精神―神、それぞれの次元を異にする三木の考えにおいては、西田の神(スピノザの神も?)は存在と次元を同じくする(後述の別の無の場所に於いてある一個の存在者たる「汝」を除けば、p.91-92)。したがって、西田の「翻されたる眼」とパスカルの「良き眼」の間の実質的な相違は霧散する、と言ってもよい。ただ、三木のように、先取りされた秩序の内側に信仰を位置づけてしまうと、存在論にこれら秩序を超えたメタ哲学としての地位を与えてしまいかねない(だから三木自身の発想が直ちに危うい、というわけではないが)。両者を対象化して語ることの矛盾を犯してしまうが、信仰と理性は常に極限の緊張状態に置かれるべきである。それはもちろん宗教家と哲学者が互いに殺し合え、という意味ではない。互いに慎重であれということである。
デカルト自身は過失犯であるから、体験と言語がなんの問題もなく相即することを疑おうとしなかった(ウィトゲンシュタインと西田はそんな素朴な信仰だけは持っていなかった)。(p.46)
この両者の発想の間にあるとてつもない緊張感と果敢なさ。読者はその緊張感から思わずグッと前のめりになるものの、その果敢なさによって結局は躓いてしまうことだろう。ただ、このように考えると、内態と外態の対立によって政治的空間が特権化されるというのはやはり大きな誤りだったと(自己反省として)認めなければならない。そこで内態と呼ばれたものは、実は巧妙に、自己弁明的に言説化され対象化された偽りの内態(つまりは、単なるイデオロギー)であって、それが当初あまりに美しく輝いて見えてしまうために、我を忘れて見とれてしまうだけなのではないか。特定の思想が人口に膾炙し始めると、途端に陳腐なものと受け止められるのも、このことと無縁ではあるまい。偽りの内態であっても思想家の基礎経験を伴って現れる場合は、まだ輝きを失ってはいないと言うべきであろう(逆に言えば、普遍的思想―と呼ばれるもの―は常に陳腐なものと成り下がる深刻な危険性を孕んでいるということである)。問題はその輝きの源泉を見抜く洞察力と、基礎経験からの、そして政治への距離感である。とどのつまり、政治とは神話の応酬に他ならず、神話を打ち破ろうとした内態もひとつの神話でしかなかった、ということになるのだろう(だからこそ、政治であるところのものは「政治」と指示されうるのである)。
…西田哲学を離れて一般的にいえば、他者(私と同じ種類の他の者)の成立と言語の成立は同時にしか指定できないということである。つまり、複数の人間が対等に存在している状況からは言語の発生を論じるのは、哲学的には論点先取りなのである。(p.95)
非常に刺激的。

濃密すぎる議論に読み終えてしばらくは頭がぼーっとしてしまう。
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2010年02月02日

三木『パスカルにおける人間の研究』

三木清(1980)『パスカルにおける人間の研究(1926)』岩波文庫

パスカルの思想の存在論的解釈。キルケゴールを引き合いに出すまでもなく、存在論(実存主義)には必ずと言ってよいほど死の陰鬱さが漂っている。しかし、その死はただ陰鬱なだけの悼むべき死や悲しむべき死ではなく、戦慄すべき死であり、パスカル=三木の言葉を借りれば、生(存在)の必然性を揺り動かす=可能化する死(p.62)である。たとえば、三木はこの違いを以下のように表現する。(ただし、巻末に近づくにつれ、心理学的分析が頭を擡げてくる嫌いが無きにしも非ず―pp.205 ff)
ところでこの分析(註・慰戯の「現実の理由」の繊細の心による分析)は普通に「心理分析」と称されているものと同一であるが如く見えるかも知れない、けれど我々のいう分析は単なる心理分析ではない。人間の状態の悲惨や欠陥は単に心理的なるものではない。慰戯の現実の最も主な理由と考えられる死は単なる心理的事実ではないのである。それらは心理的でも物質的でもなく、むしろ通俗に身体と精神から成るといわれているこの具体的な人間の生における具体的な事実である。この場合分析は心理の分析でなくしてかえって生そのものの分析である。(p.167)
その意味では、われわれの身近な人の死も、多くの場合、儀式化された虚飾に満ちた死であり、戦慄すべき性質が見事に覆い隠された慰戯としての死と言うことができる。(無論、これは人々が対象喪失の心理的状況を埋め合わせるため風習として培われてきた虚飾であり慰戯ではある) ただ、死が、翻って生が戦慄すべきものとなるためには、パスカルが言うような繊細の心、「良き眼」を十二分に備えていることが必要である。(順序からいえば、宗教的不安はこの分析の結果訪れるものであろう―p.68、ならば「死への先駆」はどうか?) 残念ながら、現代のわれわれにとっては、直接自らの経験によってこれを看取するというよりも、過去の優れた著作に啓発されて、というのが実態なのだろう。さらに、読み進めていて、例のごとく引っかかったのは、内態と外態の二重性を巡ってのパスカル=三木の立脚点である。存在の解釈学的概念として「三つの秩序」を提示するのはよいが、そこには無論、解釈する者の視点が必要となる。しかし、それぞれの秩序は非連続的であり、理性もしくは哲学(言説)から信仰(行為としての心情)へと至る上昇が跳躍的(p.180)でしかありえない以上、哲学が信仰の特殊なる真理を解釈学的に語りうるのか、ということが問題となってくる。存在論に付随する危うさが感じられるとすれば、まさしくこの部分であろう。三つの秩序の中では、幾何学の心にほとんどを頼るデカルト主義者(実際のデカルトではなく)にとって信仰や宗教という名辞は単に形式的なものでしかありえない。根本的にそれは言説の領域を逃れた得体の知れないもの、未知なるものであるはずである。これに対し、存在論者である哲学者(p.41)は、躊躇無くその「特殊なる真理性」(p.148)、すなわち悲惨と偉大との「両重性」(p.175)だけであればまだしも(精神の秩序に属する幾何学と繊細の心をもってすれば明らかになるため)、神における矛盾の綜合(p.181-182)までをも語る。「生の全き理解は[行為としての信仰・]宗教のみのよくするところである」(p.146)、または「生の解釈はひっきょう生の自己解釈である」(p.182)としながらも、内態としての信仰は既に存在論という言説の外皮(外態)に覆われているのである(もしくは外態的な視点が内態に先んじて取得されている)。以下のような三木の言葉を目の当たりにすれば、この疑惑は一層大きなものとなろう。(cf. p.217)
ひとりの人のもつ生の見方は彼の属する生の秩序を必然的に表現する。生の三つの秩序は生の三つの見方を具体的に決定する。生の哲学は生の一つの見方に過ぎない。けだし哲学は三つの秩序のうち精神の秩序における生のものであって、この秩序に固有なる理解のしかたによって限定された生の見方に外ならない。(強調は原文どおり、p.136)
この関係の曖昧さは、提示される秩序を実在的なものではなく、解釈学的なものであると宣言したところで、根本的に拭い去れるものであるとは思われない。ただ、訳者解説にもあるようにこの著作がパスカル研究としても存在論研究としても日本における偉大な先駆的業績であること全く疑いない。戦前にあってのこれら三木の知見には驚嘆するばかりである。

あと、パスカル=三木における繊細の心は、幾何学の心とともに第一の秩序において存在性の真理を看取する方法(全体の直観、pp.164-165, 189)として作用したが、(現象学を通じてパスカルに明らかに影響を受けている)シュトラウスの場合は、同じく第一の秩序において哲学者の自己知の方途として作用するものであったことを、蛇足であるが、記しておく。以下、その他抜書き。
答えはいつまでも問いに充ちた答えである。答えはみずから消え失せてゆくことによってつねに存在に対する新しき道を開きつつ、みずからはどこまでも問いにとどまる。問いは問いに砕かれ、疑わしさは無限に自己を展開する。そこに問いは本来の動性を発揮することができる。(p.48)

個性は自己の裡に無限の関係を蔵しておる。この無限の関係を解くためには魂の如何なる働きも無用ではない。むしろ我々はひとりの個性として、その存在の全体において初めて、他の人間を、その全体的個性的全体において理解し得る。この場合我々が「心臓の秩序」(ordre du cœur)を必要とすると同時に、「論理的秩序」(ordre logique)を書くことが出来ないのは無論である。愛の情念は我々の全き存在に関係する。…人間の魂の全幅を充満する(remplir)ということは愛の情念の注目すべき性質である。(強調は原文どおり、pp.96-97)

我々は我々のあらゆる功績をもってしても慈悲の団塊に独立に到達し能わないのである。したがって慈悲の段階にある生をとくに人間的と見なすことは最も恐るべき傲慢でなければならぬ。とくに人間的なる生はむしろ身体の秩序と慈悲の秩序との間にある。ここに我々はまた人間の存在が特殊なる意味において中間的であるのを見出す。…「人間は天使でもなければ獣でもない」…。(強調は原文どおり、p.140)

…数学的存在については理性は絶対的なる認識を得ることが出来るのであるから、この場合いわば独断論者であることが正しき態度である。しかし例えば人間の存在については理性はどこまでも問い、どこまでも疑うべきであるから、このときにはいわば懐疑論者であることが正しき態度である。そして神に関する事柄については理性は何事も理解し得ぬが故に、このときには理性は自ら謙って信仰に道を譲るべきである。かようにして自覚的なる生を生きる者は、パスカルによれば、懐疑論者、幾何学者、謙虚なる基督者…の三つの性質をもたねばならぬ。(pp.185-186)

…キリストの知識は…我々に完き徳…を示す。彼の悲惨さを知ることなくして神を知ることは人間にとって危険である、なぜならそれは傲慢を惹き起こすから。そして贖主を知ることなくして彼の悲惨を知ることもまた同じように危険である、なぜならそれは絶望の原因となるから。…ひとは神と彼の悲惨とを全体として一緒に知ることなくしてはキリストを知り得ないのである。(強調は原文どおり、pp.210-211)
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2010年01月12日

藤原『国家の品格』

藤原正彦(2005)『国家の品格』新潮新書

何を今更、と思われるかもしれないが、最終頁の「経済的斜陽が一世紀ほど続こうと、孤高を保つべき」といったような過激な発言や「武士道=日本版マニフェスト・ディスティニー」という傲岸な姿勢等を除けば、頷ける部分は少なからずあった。とりわけ、氏の思想の根底に潜む(と解される)普遍が個のうちに存する、もしくは個を通しての普遍という発想だ。確かに、日本固有の武士道精神を説きつつも、普遍的価値を持ち出す(p.130)のは奇妙な印象を受けるが、そもそも人が(時間的・空間的)普遍に対して開かれていなければ、極端な文化相対主義や懐疑主義に陥ることになりかねない。他方、その価値を支えるのが論理的な基礎付けでないために、普遍は致命的な欠陥を帯びてしまうことになる。結局、あらゆる道徳的信条がそうであるように、われわれの普遍も臆見の域を出ることはない(裏を返せば、政治社会におけるいかなる知見も真理=知識たりえない)。これは中間存在としての人間の宿命、すなわち限界であろう。しかし、逆を考えれば、経験の基体となる個を度外視した普遍なるものも存在しえないということになる。こういった視点からならば、(負荷なき地球市民ではなく)国際人の育成と言う際に、氏がなぜ初等公教育における英語学習を問題視するか、幾分柔軟に受け入れることができよう。世界はさながら無数の異なる培養基によって構成されており、その各々が普遍探求のための暗黙の役割を担っているかのようである。ゆえに、国際人なれば個別の文化・伝統をその担い手として維持する役割をまずは自覚しなければならない、という氏の結論にも一応は頷けるのである。
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2009年12月18日

Strauss, “Spirit of Sparta or the Taste of Xenophon.”

Strauss, Leo. “Spirit of Sparta or the Taste of Xenophon.” Social Research. 6 (1939): 502-536.

(公刊されている中では)シュトラウスによる最初期のクセノポン注釈(『ラケダイモン人の国制』)。古い論文なので「直接、紙媒体での」入手は困難かもしれない。また邦訳は現時点では見当たらない。

まず、タイトルであるが、二通りの解釈が可能である。ひとつは、都市(ポリスの神話的立法者など)か哲学(クセノポンのエソテリシズム)かという二者択一。もうひとつは、読み手にクセノポン再評価を迫る(伝統的解釈か新解釈かの)二者択一である。本論文の大枠のテーマが後者であることは、最終段落を読めば一目瞭然である。
One cannot study Xenophon, who seems to have been one of the greatest classical admirers of Sparta, without being constantly reminded of that greatest of all modern admirers of Sparta, Jean Jacques Rousseau. If it is true, as is sometimes asserted, that the restitution of a sound approach is bound up with the elimination of Rousseau's influence, then the thesis of the present article can be summed up by saying that the teaching of men like Xenophon is precisely the antidote which we need. (p.536)
ただし、この箇所からはルソーに埋もれてしまった凡夫クセノポンの再評価とともに、スパルタ的精神そのもの、たとえばその具体化としての教育制度、の再評価を意図しているようにもみえる。いずれにせよ、その場合にシュトラウスが自らに課す解釈学的原則がエソテリシズムである。詳述はしないが、一通りのことが『ラケダイモン人の国制』を題材として具体的に紹介されているので、良き入門にはなるであろう。また、エソテリシズムは読者にとりつく島すら与えない単なる晦渋趣味ではないことにも注意が必要である。
If a man tells a charming story, most people will enjoy the story---the imitated characters, the imitated actions or events, the imitated landscape, the imitated speeches of the characters, and even the imitation itself---but only a minority of readers will recover from the charm, reflect upon the story and discover the teaching which it silently conveys. (p.534-535)

One may add that this kind of literature disappeared only at a rather recent date: its disappearance was simultaneous with the disappearance of persecution. Just as its reappearance is simultaneous with the reappearance of persecution... / [This exoteric literature] has reappeared in all epochs in which philosophy was understood in its full and challenging meaning, in all epochs, that is, in which wisdom was not separated from moderation. Its disappearance almost coincides with the victory of higher criticism and of systems of philosophy which claimed to be sincere but which certainly lacked moderation. (p.535)
エソテリシズムの歴史的消息を語る箇所であるが、もうひとつ注目すべきは中庸(moderation)と対置されている(知的)誠実さ(sincerity)である。しかし、後者は哲学の政治化が進んだ近代特有の徳のひとつであり、代わりに本注釈から読み取れるのは、前回言及した羞恥(sense of shame, bashfulness)である。
One may sum up Xenophon's view of Spartan virtue by saying that there is no greater difference between the virtue of Sparta and the virtue of other cities as cities than that between the virtue of “practicing” laymen and of negligent laymen. For if virtues is wisdom, and since wisdom is found in only a very few individuals, the difference between the so-called virtue of all citizens and true virtue must between greater than the difference between the skill of a quack and the skill of a physician... / We shall then say that the individual virtues which [Xenophon] explicitly mentions with regard to the Spartans are, not wisdom and moderation and justice, but continence and bashfulness and obedience. (p.514)
ここから見えてくるのは、シュトラウスのクセノポンが言及する、スパルタ人の公(パブリック)において実践されるべき徳、中でも克己(continence)、羞恥(bashfulness)、服従(obedience)と私的な(プライヴェート)徳、すなわち知恵(wisdom)、中庸(moderation)、正義(justice)という対照的構図である。公においては、克己心が「美徳の根底」(『ソクラテスの思い出』)とされるが、これはあくまで身体の禁欲的自制を意味するに過ぎない。また、一般には克己と中庸が同義語として用いられることもあるだろうが、その尊厳の度合いにおいては全く別物である。加えて、中庸は知恵から生じるがゆえに、正確には克己に対しては知恵が対置され、羞恥に対しては中庸が、服従に対しては正義が対置されると考えてよいだろう。さらに、本注釈における説明からは、服従と正義の関係はいわゆるコンヴェンション(都市の法)と自然的正[法]の関係に相当する。
For whereas Xenophon and Plato in their other works,...teach the truth according to the rule of moderation, the Constitution of the Lacedemonians as well as the Laws deviate somewhat from this established principle by teaching he truth according to the rule of bashfulness: both works are most bashful speeches about the most bashful of men. (p.529-530, 強調は引用者)

And finally, after having “proved” his point [註・コンヴェンショナルな相対主義のこと], Socrates suddenly turns from the laws of the city to the unwritten (or natural) laws, and he thus, and only thus, indicates the crucial question, the question of the possible divergence and opposition of the laws of the city and the natural laws. We conclude, then, that neither Xenophon nor Socrates accepted seriously the view that justice is identical with obedience to the law of the city, regardless of the justice of the laws. (p.520, 強調は引用者)
しかし、ここで特に注目したいのは、公と私、行為と言葉(思惟)、羞恥と中庸の関係、そして政治的徳としての羞恥の位置づけである。
The famous Spartan sense of shame is then simply hypocrisy, and the so-called decline of the Spartans' virtue was merely a decline of their dissimulation... / Now since sense of shame is concerned with visible goodness or with public goodness only, it is, in a sense, identical with virtue practiced in public, or with political virtue. (p.517, 強調は引用者)

[W]e may assume that the famous brachylogy of the Spartans had something to do with their desire to conceal the shortcomings of their mode of life. Such a desire may be called bashfulness. (p.529)

The intention of the Memorabilia is to show what Socrates did and what he said, not what he thought. More precisely, the intention of that work is not to show explicitly what his private views were. In the main it openly states his public views, i. e. the opinions which he uttered in public and in private conversation with people who were merely members of the public. (p.518-519)
クセノポンの意図する羞恥とはいわば公共道徳(マナーといってもよい)に相当する。すなわち、個人の資質はどうであれ、世間様に迷惑をかけなければ良い、という発想である。したがって、対応する真の徳(中庸)に比べて(シュトラウスの)クセノポンの評価は手厳しい。以前、プラトンの『法律』が優れて政治的な著作であるというシュトラウスの言葉を紹介した。先の引用中に『法律』と並んで『ラケダイモン人の国制』が「羞恥から生み出された言説の最たるもの(most bashful speeches)」と評されるのは、エソテリックな著述によって実在する国制(国法)を哲学的観点(private views)から批判しているからにほからならない。しかし、エソテリシズムの目的のひとつがコンヴェンションに対する哲学者の配慮であるならば、彼らにとってそもそも羞恥は必要であるのか、という根本的な疑問が残る。すなわち「ソクラテスは羞恥を感じたか」という問いである。これに対するシュトラウスの注釈はいたって形式的で釈然としない。
By explaining himself most briefly when discussing the Spartan vices, and by thus writing a disguised satire on Sparta, Xenophon adapts himself to the peculiar character of his subject... (p.529)
さらに気になるのは、これら哲学者(クセノポンがシュトラウスにとって哲学者であったことは、クインティリアヌスのエピグラフからも察することができる)が、シュトラウスにはほぼ無縁であった、現実政治批判を行っているということである。(もちろん、エソテリシズムのフィルターを通してだが) 羞恥と中庸との違いを鑑みる上でこの事実は何を意味するであろうか。
Philosophic life was considered by the classical thinkers as fundamentally different from political life. And as far as political life raised a universal claim, i. e. as far as the city left no room for a private life which was more than economic, philosophic life, which of necessity is private, of necessity became opposed to political life. The incarnation of political life was Sparta: Sparta and philosophy are incompatible. (p.531, 強調は引用者)
結局のところ、政治的徳としての羞恥は(シュトラウスの)クセノポンによって良き評価が与えられていないことが理解できる。『ソクラテスの思い出』に触れた上記の引用からも推察できるように、羞恥は基本的にパブリックな行為に関わる徳である。無論、スパルタにおいてはプライヴェートな空間などという概念はそもそも無意味であった。さらにいえば、クセノポンにとってソクラテスを処刑したアテナイも五十歩百歩であったと言える。リーツラーが羞恥を感じる者として評価されたのは、疑うべくもなく、哲学的探求を可能にするプライヴェートな空間が近代になって保障されるようになったからであろう。しかし、それは本当に哲学者にのみ帰すことのできる功績であったのだろうか。おそらく、シュトラウス自身はそうは考えていまい。
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